校長だより

チョコチップ・クッキー

 朝晩は肌寒い陽気になって来ましたが、まだまだ日中は強い日差しが注いでいます。そんな中、子どもたちは運動会の練習に取り組んでいます。どうぞ、明日の運動会は、子どもたちの練習の成果をゆっくりとご覧ください。

 さて、先日、久しぶりに6年生の算数の授業を見させてもらいました。6年生は運動会の準備で全体の責任を担っていますから、さぞ疲れていることと思います。でも、授業中は、そんな様子を少しも見せずに、どの子も夢中になっている姿が印象的でした。さすが6年生です。今回は、その様子についてお伝えします。

 6年生は、今、「内包量」という単元を学習中です。検定教科書では、「速さ」しか扱っていませんが、明星では、速さ以外に密度、含有率、濃度等を扱っています。「密度」は、5年生の理科で概念を学習し、計算などの仕組みは6年生算数で扱うことになっています。こうした教科をこえたカリキュラム構成が他校には類を見ない、明星ならではのものではないかと思います。

 「密度」の授業では、私が個人的に所有している「金塊」を教材にしています。そう、本物の金なのかどうかを子どもたちに判定してもらうわけです。勿論、私は家宝として今でも金であると信じていますがね…。

 含有率は、色々な教材を扱います。金を含んだ仮想の岩石、チョコレート(ビターとミルク)、チョコチップクッキー等々。どれも子どもたちがやってみたくなる教材ですし、それぞれ教材としての長所・短所があります。今年は、チョコチップクッキーで進めていました。  「このチョコチップクッキーには、どれくらいのチョコが含まれているかな?」 この課題に対して、子どもたちは、色々な反応を見せていきます。

「どうするの?」 「クッキー、崩すの?」

「え?もったいない!食べたいよー」

 こんな会話の中、授業は進んでいきます。ワイワイ・ガヤガヤ楽しそうな声が続きます。この作業は、全員が各自で行う事に意味があります。次は、数値を出す段階です。

 「チョコの重さとクッキーの重さが分かればいいんじゃない?」。

 「でもさ、クッキーとかチョコって、どれも同じ重さなの?」

  子どもたちは、均等性のことを気にしている様子です。平均の学習を済ませていますから、とりあえず一人ひとりがやってみれば良いということになり、計算に入ります。

 「0.2g/gだった。」

  「2.5g/gだった。」

  「え?なんか、それおかしくない?」

 「だって、チョコチップクッキー1gの中にチョコが2.5g入っているはずないよね。」

 「それじゃあ、チョコチップクッキーじゃなくてただのチョコだ。」

 素晴らしい気づきです。チョコの重さ÷チョコチップクッキー(全体)なのですから、言われてみれば当たり前なのですが、全体量とチョコの関係性をよく捉えているのに驚きます。

 「濃度」は、スポーツ飲料を教材にしていました。  「スポーツ飲料の濃さをどうやってくらべれば良いだろうか?」この課題に対して、子どもたちの声が弾みます。

 「見た目!」(若干、白濁したような水溶液なので、色味で分かるということ)

 「%?」

 「水1gあたりの粉の量?」

 「粉1gあたりに必要な水の量?」

 「飲む!」(味で分かる!)

 「水100gに粉を7g混ぜたら、スポーツ飲料は107gじゃない?」

 こうした意見も発表されていますが、どうしても生活経験もあり、子どもたちは、スポーツ飲料を作る場面を想定しているようです。水(溶媒)と粉(溶質)の2量の関係で捉えようとしているわけです。濃度は、「粉÷スポーツ飲料」でなければなりません。

  

・水100gの中に解けている粉の量(重さ)

  

・スポーツ飲料107gの中に溶けている粉の量(重さ)

 言葉としても、この様な表現が出てきているのですが、子どもたちにすれば、どちらも正しい様に思えているので、子どもたちの思考がパタッと停止しました。さて、どうなるのでしょうか?難しいところです。子どもたちも教師も色々な思いをめぐらせます。そこで、教師は、「クッキー」というヒントを投げかけます。

  「クッキーの時は、チョコ÷チョコチップクッキー(全体)だった。」

  「スポーツ飲料も 粉÷できあがり ?」

  「水100gに粉7gを溶かしたら、できあがり107gの中に粉がどれだけ含まれて いるのかっていうことだ!」 

 教室の少し重かった空気がまた、もとのさわやかな風に包まれました。  無駄に思えるかもしれないクッキー崩しの作業が、理屈では納得できない子どもたちの理解をつないだ場面でした。

 明星学園では、高学年の算数といえども子どもたちの感覚を大切にしています。そうした経験や体験に根ざした概念や法則の理解が本質的な学びだと考えているからです。今回は、正にその一コマを見せてもらいました。

目 標

 

 長かった夏休みも終わりました。色んな所へ出かけて色んな経験をしてきたことと思います。大きな怪我や病気もなく、またこうして皆さんと会えたことをとても嬉しく思います。

 

さて、秋と言えば、皆さんは何を連想しますか?食欲の秋というだけあって、色々な食べ物を連想する人も多いでしょう。確かに、果物やキノコなど美味しい物がたくさん時期を迎えます。私は「バッタ採り」を連想します。

 

 まだ、うちの子どもたちが小さかった頃、週末にはよく大きく育ったススキがたくさん茂る多摩川の河川敷にバッタを採りに出かけたものでした。いえいえ、決して食べるためではありませんよ。大きなトノサマバッタがたくさん採れるので、それが楽しくて出かけていました。

 

 バッタは、とても警戒心が強い昆虫です。そうっと近づいても2mぐらいの距離まで近づくのがやっとです。ガチャガチャと特有の羽音を立てながら飛んでいくバッタを目で必死に追いかけ、着地したであろう場所へ近づき、葉に止まっているバッタめがけて網を投げます。飛び立ってからでは決して間に合いません。親子3人でバラバラにやっていたのでは、なかなか上手くつかまりません。そこで、追い立てる役と網で捕まえる役に分かれてやってみることにしました。作戦どおりに百発百中ではありませんでしたが、ばらばらに追いかけていたときよりはバッタをとらえることができました。中には、20cm近いショウリョウバッタが採れたこともありました。3人バラバラに追いかけ回すことも、それはそれで楽しいです。でも、3人で協力して、大きなバッタを追いかけ回した、時間を共有した思い出は、より深い思い出として残っています。

 

 「協力」とは、「力を合わせて事にあたること」と言われます。「努力」は、「力を尽くして励むこと」と言われます。どちらも聞き慣れた言葉だと思いますが、「目標」が無いところには、「努力」も「協力」も生まれません。

 

 この2学期、色々な学習や行事が君たちを待っています。その中で、君たちは一体、どの様な目標を掲げるでしょうか。そして、どんな人たちと協力して、その目標に向かって努力していくのでしょうか。

 

 2学期のみなさんの活躍を楽しみにしています。

高校の3つのクラブが全国大会に出場します。応援をよろしくお願いします。

この夏、高校の3つのクラブが「南東北総体2017(インターハイ)」をはじめ、全国大会に出場します。是非、応援をよろしくお願いします。

◇和太鼓部 8/2(水)

第41回全国高等学校総合文化祭郷土芸能部門  場所:宮城県・名取市文化会館

◇陸上部 7/28(金)~ 8/4(金)

平成29年度全国高等学校総合体育大会  場所:山形県・NDソフトスタジアム山形

◇女子バスケットボール部 7/27(木)~ 8/2(水)

平成29年度全国高等学校総合体育大会  場所:福島県

1回戦 7/28(vs県立那覇)  2回戦 7/29(vs和歌山・静岡の勝者)  3回戦 7/30(vs大阪・熊本・香川の勝者)  準々決勝 7/31(あづま総合体育館 11:40~)  準決勝 8/1(あづま総合体育館 11:40~)  決勝 8/2(あづま総合体育館 10:00~)

(中学校副校長 堀内雅人)

植物採集

長い様であっと言う間に1学期の終業日を迎えました。まだ、梅雨明けしていないのに、毎日真夏の様な日が続き、子どもたちも、真っ赤な顔をして過ごしていました。  学期末には、朗読の会、体育の発表会、歌の会等が続き、子どもたちの成長ぶりをご覧いただけたことと思います。さて、明日から子どもたちが楽しみにしていた夏休みです。怪我や病気に気をつけて、ご家族で素敵な時間をお過ごしください。今回は夏休み前ということもあり、夏休みのお薦めとして植物採集(標本づくり)をご紹介します。

私が通っていた小学校では、4年生と6年生が千葉県岩井での臨海学校でした。4年生では、磯学習。6年生では遠泳がありました。2kmほどだったと思いますが、臨海学校直前に500mをこえて泳ぐことができるようになり、ギリギリでエントリーされた記憶があります。当時、体が小さかった私にとって遠泳はかなりきつい物でしたが、無事に泳ぎ切ることができました。泳ぎ切って岸に着き、歩こうとするとフラフラでした。配られたおわん一杯の葛湯の味が今でも忘れられません。  そんな臨海学校でのことです。当時私を担任をしてくださっていた先生が、海からきれいな色をした海藻を拾ってきては、押し花(葉)を作っていました。その先生は、理科が専門だった様で、遠足と言えば、いつも山登りでした。今思えば、私が大学で山のクラブに所属していたのもこの先生の影響かもしれません。先生がやることなすこと、気になって、よく見ていたのでしょう。当時の臨海学校が何泊だったかよく覚えていないのですが、数日の間にそれらの海藻は、きれいな押し花(葉)になり、スケッチブックに貼られた標本は、見事なできあがりでした。思わず、「すごい!」と、私の心は動かされました。その夏休みに、私は残念ながら海へ出かける機会が無かったのですが、図鑑で色々な海藻を眺めて過ごしました。

皆さんは、昆虫採集は聞いたことがあるかもしれませんが、植物採集という言葉は聞いたことがないかもしれません。「押し花」ならあるでしょう。近くの公園で「四つ葉のクローバー」を探して、押し花(葉)に仕上げ、しおりなどにした経験はお持ちではないでしょうか。こうした押し花(葉)は、正式には植物標本と言います。標本としては、花、葉、茎、根、全てがその植物の様子を表すので、植物の体全体を押し花にします。肉厚なものは、乾燥が遅いばかりでなく、重しをかけたときに形が崩れてしまいがちなので、薄い物がやりやすいでしょう。なかでも、海藻は、体が平たく、標本をつくるのに適しています。また、色も赤、緑、黄色、褐色など様々で、形もいろいろあっておもしろい標本になります。

簡単に作ることができるので、その作り方をご紹介しましょう。一言で言えば、植物を形良く、乾燥させれば良いのです。標本作りでは、花のしくみ、葉の形、葉のつき方、茎の形、広がり方がはっきり分かる様に、広げて乾燥させるのがコツです。まず、採集してきた植物をよく洗い、土や汚れを落とし、水気を切ります。次に、平らな台の上に新聞紙を広げます。始めのうちは水分が多いので、朝刊ぐらいの厚さが良いでしょう。丁度半分ぐらいの所で広げて、その片側に植物の体をのせ、できるだけ重なり合わない様に全体を広げます。形が整ったらもう片側の新聞紙をかぶせます。さらに、その上に全体をおおうくらいの板を一枚のせます。最後に、重しとしてコンクリートブロックなどをのせます。ここからは、根気がいります。毎日、新聞紙を取り替え、ゆっくりと乾燥させていきます。十分乾燥したら、スケッチブックなどの頁にセロテープで止めれば完成です。その際、海藻の名前を調べて記入したり、採集した日付、場所を記入しておくと良いでしょう。おしゃれな作品に仕上げたい人は、大きな画用紙に、色とりどりな標本を自由に並べて仕上げるのもいいでしょう。

以前あった、明星学園千倉寮では、1階の部屋の名前が海藻でした。アオサ、カジメ、ホンダワラ、ツノマタ、ワカメ。クーラーもない古い建物でしたが、子どもたちや先生達と過ごした楽しかった日々が思い出されます。

主体的な学びの原点「みいつけた」

梅雨とは言え、真夏のような毎日が続いています。千倉行事を控えて、梅雨明けが気になるところです。 学校では、国語の授業で扱った作品を朗読する練習、レポートやテストの準備、どの学年も1学期の山場を迎えています。 今回は、中学校の卒業論文と「みいつけた」の関係について話題にしてみましょう。

少し前になりますが、中学校の9年生(中学3年生)がこの半年取り組む卒業研究のタイトルが発表されていました。中学の先生達は、どのような内容が自分の担当になるのか、その一覧表を見ながら盛り上がっていました。極一部ですが、ご紹介します。

・本当の民主主義とは    ・勉強する意味    ・戦争と差別  ・確率~本当にランダムなのか~ ・労働問題とその他の社会問題の関係について  ・一日に虫はどれぐらい運動しているのか    ・人間はなぜ最終的に死ぬのか  ・上手な空気の崩し方  ・将来AIでほろびる職業は  ・難民が急増する理由  ・サンゴの環境保全   ・多摩川の外来魚      ・なぜ明星は自由なのか

中学校では、こうした多岐にわたる生徒達の学びの欲求に応えるために、先生達だけではなく、ボランティアをつのり、各界の専門家にお手伝いいただいています。そんなわけですから、私にも何か出来ることがあれば?と思ったのですが、どのタイトルを眺めても自分が学んできた世界では生徒達の要望に応えられる気がしませんでした。生徒達の興味関心は、本当に多岐にわたっており、中には哲学的な内容もあり、驚かされる物ばかりでした。

中学校では、いきなり論文に取り組むのではなく、まずこの夏休みを利用して「してみる計画」ということをさせています。自分が興味を持った世界(テーマ)に対して、先ずは資料に載っている実験や調査を自分なりに追体験してみる、アンケートを取ってみる、専門家を訪ねて話を聞いてみる、そうした活動をやらせてみるそうです。この段階をとらないと、ただ資料にあることをそのまま写してしまい、自分で考えたり、感じ取ったりすることがなくなってしまうからです。つまり、単なる調べ学習ではなく、実証的な物へ引き上げることができるわけです。当然、やってみることで、新たな疑問が生まれてくることもあるでしょう。何かを深めるということは、次から次へと新しい疑問がわいてくるものです。

ところで、1年生は、平仮名(清音)の指導をこの1学期かけて丁寧に学んでいます。ですから、「みいつけた」の発表は、口頭で行っています。現時点での聞き取りによる1年1組河住学級の「みいつけた」を一部分、ご紹介しましょう。

C:土曜日に触角がウサギの耳みたいな虫を見つけました。

… 場所や色などの質問が出ている中で… C:触角ってなあに?という質問が! すると、何人もの子から触覚のお話が… C::虫は人間みたいに言葉がしゃべれないから、触覚を使うんだよ! C:触角は、感じることが出来るところなんだよ! C:敵がこないかなという時、触角が動いてて、大丈夫っていう時はあまり動かない。 C:前にアリがつぶれたのを見たんだけど、そのまわりにアリが集まってて、触角がすごい ゆれてたの! それで、次の日にはなかった! C:それは、連れて行ったんだと思う。  この発表の後、子どもたちは、触角に注目するようになりました。だんご虫、カブトムシの発表の際も触角に注目した質問があり、実物も触角を特に意識しながら見るようになりました。

すごいですよね。まず、驚くのは、発表者の子がなにげない「ホタルガ」に目をやり、その体の割には大きな触角に興味を持ったことです。正に「気付き」ですよね。この子は、「触角」という言語は所有していましたが、その働き等についてはよく知らなかったのでしょう。周りの子どもたちから質問が、その発表者の着目点を上手く拾いあげ、それぞれ自分の経験などに重ねながら、たくさんの事例に触れながら、「触角」という言葉を深く理解していくプロセスがとても興味深いです。全く知らなかった子どもたちも、こうした言葉のキャッチボールから、「触角」に興味を持ち、「触角」という新たな視点で今まで知っていたお馴染みの虫を眺め直すことができるようになっていきます。「みいつけた」の目標として、「命の尊さ」と、いうことも勿論ありますが、それとは別に自然科学、社会科学などを学んでいく上で大切な視点を獲得していくことがあります。正に、学び方を学んでいると言えます。

1年生の「みいつけた」は、身近な自然に働きかけて、そこから新しい事実に向き合って広がっていく一連のプロセスがあります。中学生の卒業論文は、自分が知ってから、読んでから改めて自分の中にその問題を繰り入れて、新たな疑問に対峙しながら、再表現する中で深い認識を作っていくプロセスがあります。

この様に、発達段階、認識の段階こそ違いますが、1年生から始まる「みいつけた」には、卒業論文に通ずる様々なエッセンスが隠れているのです。世間では、「主体的な学び」という言葉をよく耳にします。明星学園には、「みいつけた」にその原点があるのです。

便利すぎる世の中

二泊三日の伊豆大島見学旅行(5年生)を皮切りに、各学年の遠足行事が始まりました。伊豆大島の行事の様子は、ホームページでご覧いただけます。是非、ご覧ください。 遠足は、子どもたちが楽しみにしている行事です。梅雨入り前の遠足日和に当たることを祈っています。

さて、先日、7月末に行う幼稚園・保育園・小学校連携のシンポジウムにパネリストとしてお招きする幼稚園の園長先生を訪ねました。初めてお目にかかる先生でしたが、お忙しい中、温かく迎えて頂きました。初対面にもかかわらず、教育観が一致していたせいでしょうか、話が弾み、あっという間に時間が経ってしまいました。その会話の中で、園長先生がお話になったことの中の一つに、こんなことがありました。

「この子たちが大人になる頃には、AI(人工知能)が発達して、今ある職業の3割くらい しか残っていないそうですね。」

この言葉は、私も最近どこかで目にしていました。園長先生とお話ししていたときは、低学年の実践に関わっていた頃、原体験の不足を感じ、お買い物ごっこなどを授業に組み入れながら算数の授業に取り組んでいた話をしました。園内を案内して頂いた時、水槽に入ったおたまじゃくしを眺めながら、

「子どもたちは、カエルの子がおたまじゃくしであることは知っているのですが、カエルになりたての尾がなくなって前足まで出そろった小さな黒いカエルを見 ても、カエルじゃない、と言います。」

と、話してくださいました。カエルとは、それなりの大きさをしていて、緑色で…、という概念は絵本などで知ってはいるものの、その成長過程は全く理解されていないのです。実際に飼育してみて、毎日の変化を自分の目で追いかけて初めて理解できることでしょう。これは、正に私達が「総合」の授業の中で大切にしている「体験に根ざした事実認識」に他なりません。思わず、大きく頷いてしまいました。

幼稚園を出て、帰りの道すがら、AIのことが頭の中で引っかかっていました。そして、いつの間にか、自分が小さい頃の絵が断片的に脳裏に浮かび上がってきました。その園長先生も小さい頃、吉祥寺でお育ちになったということをうかがったせいでしょうか…。 私が小さい頃は、子どもにも家庭で様々な仕事が割り当てられていました。風呂の水張り、ゴミの焼却、練炭の火おこし、ストーブの給油、鶏の世話(キャベツをきざむなど)…。(小学校低学年頃までの記憶が混ざっていますが、…。)今、覚えていることだけでもこれだけあります。風呂はガスコンロのようなものがあり、栓をひねり、マッチで火をつけるものです。ボオーと凄い音がするので、怖かったことを覚えています。いえいえ、決して、田舎で育ったのではありませんよ。先程も少し触れましたが、私は、4年生まで吉祥寺で育ちましたから。水道道路がまだ砂利道で名店会館や中央線の大踏切があった時代です。昭和45年(1970年)頃の話です。

今日では、風呂の水張りも自動ですよね。スマホで水張りから追い炊きまでを操作することもできるようです。ですから、今の子どもたちは、私たちが子どもの頃にいつの間にか知っていたこと、出来ていたことの経験や知識がありません。灯油の暖房機はまだ使われていますが、そこでもマッチを擦ることはなく、ボタン一つで自動点火になっているでしょう。  すっかり昔話になってしまいましたが、この30~40年ぐらいの間に科学技術はめざましい発展を遂げ、私たちの生活は本当に便利になりました。しかし、こうした便利さ、安全性と引き替えに私たちは、人間として多くの物を失いかけているのかもしれません。

あと、30~40年経つとしたら…。こう考えると…。改めて園長先生がおっしゃったことの重大性に気付かされました。そうした時代を迎える子どもたちに、どのような力をつけさせれば良いのか…。

2020年の学習指導要領改定に伴い、文部科学省から様々な情報が発信されています。「主体的・対話的で深い学び」に関しては、何ら異存ありません。明星学園は、そうした学びの老舗です。「知りたがり」「やりたがり」「話したがり」そして「つながりたがり」。便利すぎて仕組みが見えなくなってきている現在の生活の溝を埋めるいちいちの営みが、現象と本質の見えないつながりをひもとく営みに繋がっていきます。この先50年、100年先を見据えた時に、こうした日々の実践がより大切になってくるように思います。7月30日(日)のシンポジウムにも、お時間ありましたら是非ご参加ください。

※シンポジウムに関しましては、学園HPをご覧ください

明星学園 Q&A ~創立記念日特集~

連休は天気にも恵まれ、ご家族でゆっくりとされたことと思います。いよいよ1学期の第二ステージに入ります。5年生の伊豆大島見学旅行をかわきりに遠足行事、日曜参観へと続きます。新しい学年・クラスの土台を作る季節を迎えます。

さて、今回は明星学園の93回目の創立記念日を迎えるにあたって、改めて明星学園をご紹介することにします。

質問1 明星学園は、いつ、どのようにして誕生したのでしょうか?

1924年(大正13年)5月に成城小学校に集まった赤井(あかい)米(よね)吉(きち)、照井(てるい)猪(い)一郎(いちろう)、照井(てるい)げん、山本(やまもと)徳行(とっこう)という4人の教師によって、明星学園は誕生しました。

明治時代の2つの日清(にっしん)・日露(にちろ)戦争(せんそう)が終わると、日本だけでなく、世界の経済(けいざい)は大きく落ち込みました。不況(ふきょう)です。しかし、その後第一次(だいいちじ)世界(せかい)大戦(たいせん)が起きると、日本は空前(くうぜん)の好景気(こうけいき)を迎(むか)えます。この戦争(せんそう)でヨーロッパは大打撃(だいだげき)を受け、たくさんの工場(こうじょう)が壊(こわ)されました。アジアへ盛(さか)んに市場(しじょう)を求めていた日本にとっては、なんでも作れば売(う)れる時代(じだい)を迎(むか)えました。その結果、日本の経済(けいざい)はうるおい、都市には人々が集(あつ)まり、人々の生活(せいかつ)には余裕(よゆう)が生(う)まれました。そして、そうした生活の余裕(よゆう)は、人々に新しい文化(ぶんか)を受(う)け入れる余裕(よゆう)を生み出しました。ヨーロッパの最新(さいしん)思想(しそう)、芸術(げいじゅつ)、文化(ぶんか)が紹介(しょうかい)され、新聞(しんぶん)や雑誌(ざっし)などの発行(はっこう)も増(ふ)え、人々はこれらをどんどん吸収(きゅうしゅう)していきました。鈴木(すずき)三重(みえ)吉(きち)という児童(じどう)文(ぶん)学者(がくしゃ)が刊行(かんこう)した『赤い鳥』という児童(じどう)文学誌(ぶんがくし)もこの時期(じき)に発行(はっこう)されています。明星学園行進歌(こうしんか)の作詞者(さくししゃ)である北原(きたはら)白(はく)秋(しゅう)も同誌に新しい内容(ないよう)、形式(けいしき)の童謡(どうよう)を数多(かずおお)く発表(はっぴょう)していました。『ごんぎつね』で皆さんがよく知っている新美(にいみ)南吉(なみきち)も『赤い鳥』に投稿(とうこう)したものでした。この様(よう)な人々の考え方の変化(へんか)は、政治(せいじ)の世界(せかい)でも民主(みんしゅ)主義(しゅぎ)(デモクラシー)的(てき)な要求(ようきゅう)となってあらわれるようになり、のちに「大正(たいしょう)デモクラシー」と呼(よ)ばれました。</p>

この大正(たいしょう)デモクラシーは、教育界(きょういくかい)でも様々(さまざま)な新(あたら)しいものを生み出しました。欧米(おうべい)では既(すで)に19世紀(せいき)の終(お)わり頃(ごろ)から「新教育(しんきょういく)運動(うんどう)」という動きが起(お)こっていました。ルソー、ペスタロッチ、デューイ等(ら)の考え方に支(ささ)えられ、「画一的(かくいつてき)」「知識(ちしき)注入(ちゅうにゅう)主義(しゅぎ)」ではなく、「子ども中心」「感性(かんせい)」を大切にする学校がいくつも築(きず)かれました。日本では、1912年(大正元年)成蹊(せいけい)実務(じつむ)学校(がっこう)(現在の成蹊(せいけい)小学校)、池(いけ)袋(ぶくろ)児童(じどう)の村小学校、自由(じゆう)学園(がくえん)など多くの学校が誕生(たんじょう)しています。その大きなきっかけを作ったのが、1917年(大正6年)澤(さわ)柳(やなぎ)政太郎(まさたろ)によって創立(そうりつ)された成城(せいじょう)小学校(しょうがっこう)でした。そして、その成城(せいじょう)小学校(しょうがっこう)に集まった4人の教師によって、明星学園は誕生(たんじょう)しました。5月9日に設立(せつりつ)許可(きょか)を与(あた)えられ、15日に開校式(かいこうしき)を挙(あ)げました。開校当初(とうしょ)の敷地(しきち)は千(せん)坪(つぼ)で、1,2,3年生21名での開校だったそうです。 1924年(大正13年)、創立(そうりつ)同人(どうじん)の赤井(あかい)米(よね)吉(きち)、照井(てるい)猪(い)一郎(いちろう)、照井(てるい)げん、山本(やまもと)徳行(とっこう)の4人が井の頭のこの地に標(ひょう)木(ぼく)を打(う)ち立てたのは、正(ただ)しくは大正13年3月16日のことだったそうです。その創立(そうりつ)に向けての高鳴(たかな)る心と緊張(きんちょう)を照(てる)井(い)猪(いの)一郎(いちろう)氏は以下の様に残(のこ)しています。

大正(たいしょう)13年3月29日、むさし野はまだふかぶかと冬のとばりの中に眠(ねむ)っていた。霜柱(しもばしら)にふくれ上がった麦(むぎ)畑(ばたけ)を、一足一足かみしめるようにきざんで行く4人の一団があった。一行はぼくぼくの黒土の上をとりつかれたもののようにむさぼり歩いた。  畑中の小高い一地点に最後(さいご)の歩(あゆ)みをとめた一行(いっこう)は、やおらかついで来た一本の標(ひょう)木(ぼく)を打ち立てた。「明星学園建設地(けんせつち)」… … したたるような墨(すみ)あとがあざやかに白木のおもてに読(よ)まれた。彼らはそれをかこんでいっせいに大空をふりあおぎ、さて、思い深げにまわりの森や林をながめまわした。誰(だれ)からとなく無言(むごん)のほほえみがかわされた。大海(たいかい)の底(そこ)のように静(しず)まりかえったひと時だった。真昼(まひる)の太陽(たいよう)は真珠(しんじゅ)色(いろ)のスポットをこの謙虚(けんきょ)な開拓者(かいたくしゃ)たちの上におとした。輝く(かがやく)日光、すみきった大気、ゆたかな土壌(どじょう)、それは彼らの久(ひさ)しくあこがれていた求道(ぐどう)の聖地(せいち)であった。池近く富士(ふじ)遠(とお)き森の大地  彼らはこの日この地に真教育の精舎(しょうじゃ)の礎(いしずえ)をすえた。

質問2  なぜ、「明星」という名前をつけたのですか?

新しい学校を建てる場所を探していた先生方が、その帰りに西の空に輝く美しい星(金星)を見て、その名前を学校の名前につけたそうです。

金星(きんせい)は、明けの「明星(みょうじょう)」、宵(よい)の「明星(みょうじょう)」という呼ばれる星で、昼間も出ているのですが太陽(たいよう)の光が明るいために朝や夕方しか見えない星です。二月頃、一番寒い頃、西の空に美しく輝(かがや)く星です。  学園の名称(めいしょう)は、同人の間で「啓(けい)明(めい)」「黎明(れいめい)」「三鷹」「井の頭」「桜の丘」など色々と議論(ぎろん)されたそうです。ある日、敷地(しきち)を見に行った帰りに、その美しい星の光に驚(おどろ)かされたそうです。そして、その美しい星、つまり金星の別名(べつめい)から「明星(みょうじょう)」と決定(けってい)されたそうです。幼(おさな)い子等の心の明星、人類の憧(あこが)れ、理想(りそう)の明星、それを慕(した)って、それをみつめて伸(の)びよう、精進(しょうじん)しようとの意味であったとされます。こうしたところからも、当時の同人達の強(つよ)い思(おも)いを感(かん)じます。

質問3 「強く、正しく、朗らかに」の意味は?

明星では、当初(とうしょ)から、自主(じしゅ)自立(じりつ)、個性(こせい)尊重(そんちょう)、自由(じゆう)平等(びょうどう)という3つの柱をうたっていました。自主(じしゅ)自立(じりつ)は人の意志(いし)を強くきたえる。個性尊重は、人権(じんけん)不犯(ふぼん)の原則(げんそく)で、正しい人格(じんかく)は是(これ)に根(ね)ざします。自由(じゆう)平等(びょうどう)は、人間の生活を明朗にし、人類(じんるい)に永遠(えいえん)の平和を与(あた)えるとされたのです。

私の“みいつけた”

早いもので4月が終わります。新しい教室、先生、メンバー、時間割…と、新しい生活に胸をときめかしながらも、正直、少し疲れた頃でしょう。夏と冬ぐらいの気温差のある日が続いたりするのも、気付かないうちに体の負担になります。その影響でしょうか、季節外れのインフルエンザ流行により、休校措置をとる学校もあったようです。連休は、楽しい計画も沢山あると思いますが、どうぞ無理のないように、のんびりお過ごしください。

さて、いよいよ連休です。5月になると木々は芽吹き、新緑の季節を迎えます。生き物たちは、次の世代へ命のリレーを始めます。そう、まさに子育ての季節。生命が躍動する季節です。井の頭公園の池でも水鳥たちが子育てに忙しく動いています。今回は、先日、ある方からうかがった、この水鳥に関するおもしろい話をご紹介しましょう。

A氏:「先生、カイツブリの足は、カモと違うのですね! 水かきが…」

私 :「え?」

会話は、ここから始まりました。私の頭の中には、図の様ないわゆる水鳥の水かきの絵が浮かんでいるのですが、それと違うという指摘が、どうしてもイメージできません。潮干狩りなどで出かけた際など、チドリなどの仲間が潮の引いた湿った砂地を歩き回っていると、丁度、お化けのQ太郎の髪の毛のような足形がつきます。かわいらしい足跡を眺めながら、鳥たちが砂をつつきながら忙しく動き回る姿が浮かびます。また、井の頭公園の池などでカモの仲間がゆったりと泳ぐ姿も目に浮かびました。頭を下げ、水面でくちばしを忙しそうに動かして、水面に浮いている水草などを食べている仕草が浮かびます。勿論、泳いでいるときの足の動かし方も想像に難くありません。引き寄せるときはジャンケンのグーの様に閉じ、水をかくときはパーの様に大きく広げる。水の抵抗をできるだけ少なくするために、理にかなった動かし方をしているのでしょう。愛くるしい表情で水面を泳ぐ姿は、私たちの心を癒やしてくれます。 それなりに外で鳥の姿を見てきてはいますが、カモとカイツブリの泳ぎ方や足がどのように何が違うのか、私にはイメージできませんでした。

A氏:「カイツブリが泳ぐときは、足が後ろに見えますね!」

いわゆるカモなどの水鳥は、図のように足の指の間に水かきの膜があり、それを器用に使いながら泳いでいます。こうした足を蹼(ぼく)足(そく)と、呼ぶそうです。浮いている体の真下で水をかいているのでしょう。泳いでいる時に、足はほとんど見えません。ところが、カイツブリは、体の後ろで水をかく足が見えるというのです。土曜日に用事で出かけるついでに、井の頭公園の池でカイツブリを探してみました。居ました、居ました。確かに、体の後ろ側が船のスクリューの様に大きく波立っています。少し離れていたので、細かな様子は分かりませんでしたが、確かに泳ぎ方が違っているのが分かりました。そこで、頭の中に色々なことが広がります。

「なんで、カモと違うのだろう?」

「そう言えば、カイツブリは、モグリッチョ?鵜の様に潜るのが得意なはずだ…」

「カモは潜ったかな?」

「まてよ、アヒルが逆立ちしている姿は見たことがあるけれど、完全に潜ることは…」

自分が海で潜るときは、ジャックナイフと呼ばれる姿勢を取ります。水面で上半身だけを直角に折り曲げ、そのまま頭から水面に対して垂直になるように、一気に体を水の中に落とし込みます。ここで体が少しでも浅い角度になっていると、どんなに潜ろうとしても上手く潜ることができません。そんなことを考え始めたら、井の頭水生動物園の水槽に潜るカイツブリの子の姿を思い出しました。潜るときには、体の後ろ側に足ひれがないと、水中での推進力が得にくいのでしょう。

図鑑で調べてみると、カイツブリの水かきは、図の様な形になっていることが分かりました。弁(べん)足(そく)と呼ぶそうです。カモのような 膜とは異なり、指の一本一本に膜が太く広がっている作りになっています。なぜ、この形が都合良いのでしょうか?潜るときに、体の後ろ側で水をかく方が、水中では有効なのだろう、ということまでは分かりました。でも、この形状に関してはまだ理由がよく分かりません。第一、潜ることが大得意の鵜の足は、カモに近いのです。 疑問はまだまだ続きそうです。連休中にどこかへ出かけた際に、 鳥を眺めながら考えてみることにします。