校長だより

教科の社会的機能

立冬を過ぎ、朝晩の冷え込みが一段と厳しくなってきました。校庭の銀杏の葉も色づき始め、冬が一歩一歩近づいて来ていることを感じます。  先週土曜日の公開研究会に関しまして、ご理解、ご協力をいただきありがとうございました。北は北海道、南は沖縄から200人を超す参加でした。

この明星学園の公開研究会は、1964年(昭和39年)頃からの取り組みと聞いています。そうです。昭和39年と言えば、東京オリンピックの年です。戦後、スプートニクショックを受け、日本でも科学推奨の時期です。それまで主流だったコア・カリキュラム(生活単元学習)に対して、科学的、系統的な学習へ教育の流れが移った時期です。官民が歩みを共にして、戦後の教育を形作ろうとしていた時代です。高度成長期に入り、経済的にも日本が急速に発展した頃です。そうした時代を背景にして、『わかるさんすう』や『にっぽんご』の教科書も誕生しました。

研究会の形体は、いろいろな変遷を経て現在の物になっています。ここ数年間は、毎回、全体会を持ち、特別ゲストを招くようになりました。それは、6・6制(小学校、中学・高等学校)導入の時期です。秋山仁氏、汐見稔幸氏、アーサー・ビナード氏など様々な方たちに講演をして頂いています。詩人の谷川俊太郎氏をお招きした際は、講演はできないからとおっしゃるので、教員が聞き役になり、座談会風に仕立てました。私自身も、毎回、心に残るすてきな言葉や元気をもらっています。  今年は、2009年に引き続いて、金森俊朗氏をお招きしました。今回は、特別活動の分科会講師も兼ねてのことでしたので、この分科会に参加された方や教師は、金森精神に直接触れることができる、素晴らしいチャンスを頂いたといえます。私は、握手をした時の金森先生の手の温かさ、柔らかさを感じ、大きなその手で体ごと包み込まれる様な感覚を覚えました。体中からあふれ出る強いけれど、優しいエネルギーの様な物を感じました。

講演が終わり、研究会も終わり、長い一日に終わりを告げようとした頃、一人になった私の頭の中には、ある言葉が浮かび上がってきました。それは、金森氏が講演の後半で述べたものです。  『概念を教えるにとどめず、観を育みたい!』  以前から気になっていたところをずばり指摘されました。計算ドリルや教室の中では、家族や世界と繋がらないとも言われました。勿論、明星では多くの教師が学級通信などを利用して、家庭とのつながりを意識しています。でも、世界とは…。子どもたちが学んだ概念や法則を使って、世界を読み解く段階が今の明星にあるだろうか。  『視野を広げろ!子どもたち目を広げてやれ!』 まるで、この様なことを言われているように感じました。穏やかな、優しい眼差しですが、とても力強い、重みのある一言でした。

6月頃、私が明星へご縁を頂いた頃お世話になった佐藤文夫という先生と話す機会がありました。この先生は、当時、理科を中心として教科カリキュラムを担う中心的な人物でした。その先生が6年生の“燃焼(物の酸化)”の授業で、物が燃えるという現象を酸化という概念で一通り教えたあと、研究課題として酸性雨の話を扱っていたのを思い出しました。学んだ概念や法則を使って、身の回りの社会で起きていることを眺め直す課題です。 こうした教科の延長線にある内容を扱う必要性が求められている、と改めて思いました。

参考

酸性雨の原因は、化石燃料の燃焼(人為起源)や火山活動(自然起源)などにより放出される二酸化硫黄(SO2)や窒素酸化物(NOx)です。これらのガスは、大気中で光化学反応などの化学変化を起こし、硫酸や硝酸となって降水に溶け込み、酸性雨となります。 酸性雨は、河川や湖沼、土壌を酸性化して生態系に悪影響を与えるほか、コンクリートを溶かしたり、金属に錆を発生させたりするので、建造物や文化財に被害を与えます。

視点

雨の多い秋です。3週にわたって遠足が延期になり、やっと先週出かけられた学年もありました。インフルエンザも流行し始めているようです。2学期の山場を迎え、朗読の発表会も行われています。健康に気をつけて、乗り切りましょう。

さて、先日久しぶりに数学の研究会に出かけました。半年ぶりにもかかわらず、何時ものように接してくれる仲間はありがたいものです。いくつかのレポートの中で東京オリンピックのエンブレムについての話題がありました。今回は、そのことをお話ししましょう。

東京オリンピックのエンブレムについては、みなさんも記憶に新しいことでしょう。いろいろあったあと、野老 朝雄(ところ あさお)氏の「組市松紋」に決まりました。江戸時代から日本で愛されてきた市松模様を思わせる、扇や桜をイメージさせる図柄は、多くの日本人の心を捉えたのでしょう。

さて、このエンブレム。よく眺めてみると、二つの長方形と一つの正方形でできていることが分かります。では、この三つの四角形はどの様な共通点があるのでしょうか。

下の図をご覧ください。正十二角形に内接する四角形なのです。そう言われてみると、エンブレムの内側には確かに正十二角形らしき形が見えてきます。

 

 

このエンブレムは、これら9個の正方形と二種類の長方形それぞれ18個ずつで構成されています。そして、3個の正方形と二種類6個ずつの長方形が扇のように並び、一つのユニットを形成しています。このユニットが120°回転するとエンブレムになります。

さらに、これらのパーツを回転せずにそのまま平行移動させます。すると…、なんとパラリンピックのエンブレムになります。普段、たしかに綺麗だとは思いましたが、それ以上踏み込んで考えてもみなかったので、とても新鮮で、驚かされました。

私は、今年の初めに「創造」という言葉を掲げました。何か新しいものを創り出すには、ひらめき、新たな「視点」が必要です。何気ない、「気づき」こそがそうしたきっかけを作るのではないでしょうか。忙しい時ほど、「気づき」を大切にすることで、思わぬ展開を果たせると思います。また、「気づき」は、コミュニケーションにおいても大切です。制作者の意図をおもんばかることがエンブレムの秘密を解き明かしてくれるのと同様に、人の心をおもんばかることなしにコミュニケーションは成り立ちません。

「創造」が「人を繋ぐ」ことにもなるのだと、改めて考えさせられました。今年も残すところあと、2カ月となりました。「気づき」のレベルを上げ、一つでも、一人でも、働きかけることができればと思いました。

※ 東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムは、公式ホームページでご覧ください。

チョコチップ・クッキー

 朝晩は肌寒い陽気になって来ましたが、まだまだ日中は強い日差しが注いでいます。そんな中、子どもたちは運動会の練習に取り組んでいます。どうぞ、明日の運動会は、子どもたちの練習の成果をゆっくりとご覧ください。

 さて、先日、久しぶりに6年生の算数の授業を見させてもらいました。6年生は運動会の準備で全体の責任を担っていますから、さぞ疲れていることと思います。でも、授業中は、そんな様子を少しも見せずに、どの子も夢中になっている姿が印象的でした。さすが6年生です。今回は、その様子についてお伝えします。

 6年生は、今、「内包量」という単元を学習中です。検定教科書では、「速さ」しか扱っていませんが、明星では、速さ以外に密度、含有率、濃度等を扱っています。「密度」は、5年生の理科で概念を学習し、計算などの仕組みは6年生算数で扱うことになっています。こうした教科をこえたカリキュラム構成が他校には類を見ない、明星ならではのものではないかと思います。

 「密度」の授業では、私が個人的に所有している「金塊」を教材にしています。そう、本物の金なのかどうかを子どもたちに判定してもらうわけです。勿論、私は家宝として今でも金であると信じていますがね…。

 含有率は、色々な教材を扱います。金を含んだ仮想の岩石、チョコレート(ビターとミルク)、チョコチップクッキー等々。どれも子どもたちがやってみたくなる教材ですし、それぞれ教材としての長所・短所があります。今年は、チョコチップクッキーで進めていました。  「このチョコチップクッキーには、どれくらいのチョコが含まれているかな?」 この課題に対して、子どもたちは、色々な反応を見せていきます。

「どうするの?」 「クッキー、崩すの?」

「え?もったいない!食べたいよー」

 こんな会話の中、授業は進んでいきます。ワイワイ・ガヤガヤ楽しそうな声が続きます。この作業は、全員が各自で行う事に意味があります。次は、数値を出す段階です。

 「チョコの重さとクッキーの重さが分かればいいんじゃない?」。

 「でもさ、クッキーとかチョコって、どれも同じ重さなの?」

  子どもたちは、均等性のことを気にしている様子です。平均の学習を済ませていますから、とりあえず一人ひとりがやってみれば良いということになり、計算に入ります。

 「0.2g/gだった。」

  「2.5g/gだった。」

  「え?なんか、それおかしくない?」

 「だって、チョコチップクッキー1gの中にチョコが2.5g入っているはずないよね。」

 「それじゃあ、チョコチップクッキーじゃなくてただのチョコだ。」

 素晴らしい気づきです。チョコの重さ÷チョコチップクッキー(全体)なのですから、言われてみれば当たり前なのですが、全体量とチョコの関係性をよく捉えているのに驚きます。

 「濃度」は、スポーツ飲料を教材にしていました。  「スポーツ飲料の濃さをどうやってくらべれば良いだろうか?」この課題に対して、子どもたちの声が弾みます。

 「見た目!」(若干、白濁したような水溶液なので、色味で分かるということ)

 「%?」

 「水1gあたりの粉の量?」

 「粉1gあたりに必要な水の量?」

 「飲む!」(味で分かる!)

 「水100gに粉を7g混ぜたら、スポーツ飲料は107gじゃない?」

 こうした意見も発表されていますが、どうしても生活経験もあり、子どもたちは、スポーツ飲料を作る場面を想定しているようです。水(溶媒)と粉(溶質)の2量の関係で捉えようとしているわけです。濃度は、「粉÷スポーツ飲料」でなければなりません。

  

・水100gの中に解けている粉の量(重さ)

  

・スポーツ飲料107gの中に溶けている粉の量(重さ)

 言葉としても、この様な表現が出てきているのですが、子どもたちにすれば、どちらも正しい様に思えているので、子どもたちの思考がパタッと停止しました。さて、どうなるのでしょうか?難しいところです。子どもたちも教師も色々な思いをめぐらせます。そこで、教師は、「クッキー」というヒントを投げかけます。

  「クッキーの時は、チョコ÷チョコチップクッキー(全体)だった。」

  「スポーツ飲料も 粉÷できあがり ?」

  「水100gに粉7gを溶かしたら、できあがり107gの中に粉がどれだけ含まれて いるのかっていうことだ!」 

 教室の少し重かった空気がまた、もとのさわやかな風に包まれました。  無駄に思えるかもしれないクッキー崩しの作業が、理屈では納得できない子どもたちの理解をつないだ場面でした。

 明星学園では、高学年の算数といえども子どもたちの感覚を大切にしています。そうした経験や体験に根ざした概念や法則の理解が本質的な学びだと考えているからです。今回は、正にその一コマを見せてもらいました。

目 標

 

 長かった夏休みも終わりました。色んな所へ出かけて色んな経験をしてきたことと思います。大きな怪我や病気もなく、またこうして皆さんと会えたことをとても嬉しく思います。

 

さて、秋と言えば、皆さんは何を連想しますか?食欲の秋というだけあって、色々な食べ物を連想する人も多いでしょう。確かに、果物やキノコなど美味しい物がたくさん時期を迎えます。私は「バッタ採り」を連想します。

 

 まだ、うちの子どもたちが小さかった頃、週末にはよく大きく育ったススキがたくさん茂る多摩川の河川敷にバッタを採りに出かけたものでした。いえいえ、決して食べるためではありませんよ。大きなトノサマバッタがたくさん採れるので、それが楽しくて出かけていました。

 

 バッタは、とても警戒心が強い昆虫です。そうっと近づいても2mぐらいの距離まで近づくのがやっとです。ガチャガチャと特有の羽音を立てながら飛んでいくバッタを目で必死に追いかけ、着地したであろう場所へ近づき、葉に止まっているバッタめがけて網を投げます。飛び立ってからでは決して間に合いません。親子3人でバラバラにやっていたのでは、なかなか上手くつかまりません。そこで、追い立てる役と網で捕まえる役に分かれてやってみることにしました。作戦どおりに百発百中ではありませんでしたが、ばらばらに追いかけていたときよりはバッタをとらえることができました。中には、20cm近いショウリョウバッタが採れたこともありました。3人バラバラに追いかけ回すことも、それはそれで楽しいです。でも、3人で協力して、大きなバッタを追いかけ回した、時間を共有した思い出は、より深い思い出として残っています。

 

 「協力」とは、「力を合わせて事にあたること」と言われます。「努力」は、「力を尽くして励むこと」と言われます。どちらも聞き慣れた言葉だと思いますが、「目標」が無いところには、「努力」も「協力」も生まれません。

 

 この2学期、色々な学習や行事が君たちを待っています。その中で、君たちは一体、どの様な目標を掲げるでしょうか。そして、どんな人たちと協力して、その目標に向かって努力していくのでしょうか。

 

 2学期のみなさんの活躍を楽しみにしています。

高校の3つのクラブが全国大会に出場します。応援をよろしくお願いします。

この夏、高校の3つのクラブが「南東北総体2017(インターハイ)」をはじめ、全国大会に出場します。是非、応援をよろしくお願いします。

◇和太鼓部 8/2(水)

第41回全国高等学校総合文化祭郷土芸能部門  場所:宮城県・名取市文化会館

◇陸上部 7/28(金)~ 8/4(金)

平成29年度全国高等学校総合体育大会  場所:山形県・NDソフトスタジアム山形

◇女子バスケットボール部 7/27(木)~ 8/2(水)

平成29年度全国高等学校総合体育大会  場所:福島県

1回戦 7/28(vs県立那覇)  2回戦 7/29(vs和歌山・静岡の勝者)  3回戦 7/30(vs大阪・熊本・香川の勝者)  準々決勝 7/31(あづま総合体育館 11:40~)  準決勝 8/1(あづま総合体育館 11:40~)  決勝 8/2(あづま総合体育館 10:00~)

(中学校副校長 堀内雅人)

植物採集

長い様であっと言う間に1学期の終業日を迎えました。まだ、梅雨明けしていないのに、毎日真夏の様な日が続き、子どもたちも、真っ赤な顔をして過ごしていました。  学期末には、朗読の会、体育の発表会、歌の会等が続き、子どもたちの成長ぶりをご覧いただけたことと思います。さて、明日から子どもたちが楽しみにしていた夏休みです。怪我や病気に気をつけて、ご家族で素敵な時間をお過ごしください。今回は夏休み前ということもあり、夏休みのお薦めとして植物採集(標本づくり)をご紹介します。

私が通っていた小学校では、4年生と6年生が千葉県岩井での臨海学校でした。4年生では、磯学習。6年生では遠泳がありました。2kmほどだったと思いますが、臨海学校直前に500mをこえて泳ぐことができるようになり、ギリギリでエントリーされた記憶があります。当時、体が小さかった私にとって遠泳はかなりきつい物でしたが、無事に泳ぎ切ることができました。泳ぎ切って岸に着き、歩こうとするとフラフラでした。配られたおわん一杯の葛湯の味が今でも忘れられません。  そんな臨海学校でのことです。当時私を担任をしてくださっていた先生が、海からきれいな色をした海藻を拾ってきては、押し花(葉)を作っていました。その先生は、理科が専門だった様で、遠足と言えば、いつも山登りでした。今思えば、私が大学で山のクラブに所属していたのもこの先生の影響かもしれません。先生がやることなすこと、気になって、よく見ていたのでしょう。当時の臨海学校が何泊だったかよく覚えていないのですが、数日の間にそれらの海藻は、きれいな押し花(葉)になり、スケッチブックに貼られた標本は、見事なできあがりでした。思わず、「すごい!」と、私の心は動かされました。その夏休みに、私は残念ながら海へ出かける機会が無かったのですが、図鑑で色々な海藻を眺めて過ごしました。

皆さんは、昆虫採集は聞いたことがあるかもしれませんが、植物採集という言葉は聞いたことがないかもしれません。「押し花」ならあるでしょう。近くの公園で「四つ葉のクローバー」を探して、押し花(葉)に仕上げ、しおりなどにした経験はお持ちではないでしょうか。こうした押し花(葉)は、正式には植物標本と言います。標本としては、花、葉、茎、根、全てがその植物の様子を表すので、植物の体全体を押し花にします。肉厚なものは、乾燥が遅いばかりでなく、重しをかけたときに形が崩れてしまいがちなので、薄い物がやりやすいでしょう。なかでも、海藻は、体が平たく、標本をつくるのに適しています。また、色も赤、緑、黄色、褐色など様々で、形もいろいろあっておもしろい標本になります。

簡単に作ることができるので、その作り方をご紹介しましょう。一言で言えば、植物を形良く、乾燥させれば良いのです。標本作りでは、花のしくみ、葉の形、葉のつき方、茎の形、広がり方がはっきり分かる様に、広げて乾燥させるのがコツです。まず、採集してきた植物をよく洗い、土や汚れを落とし、水気を切ります。次に、平らな台の上に新聞紙を広げます。始めのうちは水分が多いので、朝刊ぐらいの厚さが良いでしょう。丁度半分ぐらいの所で広げて、その片側に植物の体をのせ、できるだけ重なり合わない様に全体を広げます。形が整ったらもう片側の新聞紙をかぶせます。さらに、その上に全体をおおうくらいの板を一枚のせます。最後に、重しとしてコンクリートブロックなどをのせます。ここからは、根気がいります。毎日、新聞紙を取り替え、ゆっくりと乾燥させていきます。十分乾燥したら、スケッチブックなどの頁にセロテープで止めれば完成です。その際、海藻の名前を調べて記入したり、採集した日付、場所を記入しておくと良いでしょう。おしゃれな作品に仕上げたい人は、大きな画用紙に、色とりどりな標本を自由に並べて仕上げるのもいいでしょう。

以前あった、明星学園千倉寮では、1階の部屋の名前が海藻でした。アオサ、カジメ、ホンダワラ、ツノマタ、ワカメ。クーラーもない古い建物でしたが、子どもたちや先生達と過ごした楽しかった日々が思い出されます。

主体的な学びの原点「みいつけた」

梅雨とは言え、真夏のような毎日が続いています。千倉行事を控えて、梅雨明けが気になるところです。 学校では、国語の授業で扱った作品を朗読する練習、レポートやテストの準備、どの学年も1学期の山場を迎えています。 今回は、中学校の卒業論文と「みいつけた」の関係について話題にしてみましょう。

少し前になりますが、中学校の9年生(中学3年生)がこの半年取り組む卒業研究のタイトルが発表されていました。中学の先生達は、どのような内容が自分の担当になるのか、その一覧表を見ながら盛り上がっていました。極一部ですが、ご紹介します。

・本当の民主主義とは    ・勉強する意味    ・戦争と差別  ・確率~本当にランダムなのか~ ・労働問題とその他の社会問題の関係について  ・一日に虫はどれぐらい運動しているのか    ・人間はなぜ最終的に死ぬのか  ・上手な空気の崩し方  ・将来AIでほろびる職業は  ・難民が急増する理由  ・サンゴの環境保全   ・多摩川の外来魚      ・なぜ明星は自由なのか

中学校では、こうした多岐にわたる生徒達の学びの欲求に応えるために、先生達だけではなく、ボランティアをつのり、各界の専門家にお手伝いいただいています。そんなわけですから、私にも何か出来ることがあれば?と思ったのですが、どのタイトルを眺めても自分が学んできた世界では生徒達の要望に応えられる気がしませんでした。生徒達の興味関心は、本当に多岐にわたっており、中には哲学的な内容もあり、驚かされる物ばかりでした。

中学校では、いきなり論文に取り組むのではなく、まずこの夏休みを利用して「してみる計画」ということをさせています。自分が興味を持った世界(テーマ)に対して、先ずは資料に載っている実験や調査を自分なりに追体験してみる、アンケートを取ってみる、専門家を訪ねて話を聞いてみる、そうした活動をやらせてみるそうです。この段階をとらないと、ただ資料にあることをそのまま写してしまい、自分で考えたり、感じ取ったりすることがなくなってしまうからです。つまり、単なる調べ学習ではなく、実証的な物へ引き上げることができるわけです。当然、やってみることで、新たな疑問が生まれてくることもあるでしょう。何かを深めるということは、次から次へと新しい疑問がわいてくるものです。

ところで、1年生は、平仮名(清音)の指導をこの1学期かけて丁寧に学んでいます。ですから、「みいつけた」の発表は、口頭で行っています。現時点での聞き取りによる1年1組河住学級の「みいつけた」を一部分、ご紹介しましょう。

C:土曜日に触角がウサギの耳みたいな虫を見つけました。

… 場所や色などの質問が出ている中で… C:触角ってなあに?という質問が! すると、何人もの子から触覚のお話が… C::虫は人間みたいに言葉がしゃべれないから、触覚を使うんだよ! C:触角は、感じることが出来るところなんだよ! C:敵がこないかなという時、触角が動いてて、大丈夫っていう時はあまり動かない。 C:前にアリがつぶれたのを見たんだけど、そのまわりにアリが集まってて、触角がすごい ゆれてたの! それで、次の日にはなかった! C:それは、連れて行ったんだと思う。  この発表の後、子どもたちは、触角に注目するようになりました。だんご虫、カブトムシの発表の際も触角に注目した質問があり、実物も触角を特に意識しながら見るようになりました。

すごいですよね。まず、驚くのは、発表者の子がなにげない「ホタルガ」に目をやり、その体の割には大きな触角に興味を持ったことです。正に「気付き」ですよね。この子は、「触角」という言語は所有していましたが、その働き等についてはよく知らなかったのでしょう。周りの子どもたちから質問が、その発表者の着目点を上手く拾いあげ、それぞれ自分の経験などに重ねながら、たくさんの事例に触れながら、「触角」という言葉を深く理解していくプロセスがとても興味深いです。全く知らなかった子どもたちも、こうした言葉のキャッチボールから、「触角」に興味を持ち、「触角」という新たな視点で今まで知っていたお馴染みの虫を眺め直すことができるようになっていきます。「みいつけた」の目標として、「命の尊さ」と、いうことも勿論ありますが、それとは別に自然科学、社会科学などを学んでいく上で大切な視点を獲得していくことがあります。正に、学び方を学んでいると言えます。

1年生の「みいつけた」は、身近な自然に働きかけて、そこから新しい事実に向き合って広がっていく一連のプロセスがあります。中学生の卒業論文は、自分が知ってから、読んでから改めて自分の中にその問題を繰り入れて、新たな疑問に対峙しながら、再表現する中で深い認識を作っていくプロセスがあります。

この様に、発達段階、認識の段階こそ違いますが、1年生から始まる「みいつけた」には、卒業論文に通ずる様々なエッセンスが隠れているのです。世間では、「主体的な学び」という言葉をよく耳にします。明星学園には、「みいつけた」にその原点があるのです。

便利すぎる世の中

二泊三日の伊豆大島見学旅行(5年生)を皮切りに、各学年の遠足行事が始まりました。伊豆大島の行事の様子は、ホームページでご覧いただけます。是非、ご覧ください。 遠足は、子どもたちが楽しみにしている行事です。梅雨入り前の遠足日和に当たることを祈っています。

さて、先日、7月末に行う幼稚園・保育園・小学校連携のシンポジウムにパネリストとしてお招きする幼稚園の園長先生を訪ねました。初めてお目にかかる先生でしたが、お忙しい中、温かく迎えて頂きました。初対面にもかかわらず、教育観が一致していたせいでしょうか、話が弾み、あっという間に時間が経ってしまいました。その会話の中で、園長先生がお話になったことの中の一つに、こんなことがありました。

「この子たちが大人になる頃には、AI(人工知能)が発達して、今ある職業の3割くらい しか残っていないそうですね。」

この言葉は、私も最近どこかで目にしていました。園長先生とお話ししていたときは、低学年の実践に関わっていた頃、原体験の不足を感じ、お買い物ごっこなどを授業に組み入れながら算数の授業に取り組んでいた話をしました。園内を案内して頂いた時、水槽に入ったおたまじゃくしを眺めながら、

「子どもたちは、カエルの子がおたまじゃくしであることは知っているのですが、カエルになりたての尾がなくなって前足まで出そろった小さな黒いカエルを見 ても、カエルじゃない、と言います。」

と、話してくださいました。カエルとは、それなりの大きさをしていて、緑色で…、という概念は絵本などで知ってはいるものの、その成長過程は全く理解されていないのです。実際に飼育してみて、毎日の変化を自分の目で追いかけて初めて理解できることでしょう。これは、正に私達が「総合」の授業の中で大切にしている「体験に根ざした事実認識」に他なりません。思わず、大きく頷いてしまいました。

幼稚園を出て、帰りの道すがら、AIのことが頭の中で引っかかっていました。そして、いつの間にか、自分が小さい頃の絵が断片的に脳裏に浮かび上がってきました。その園長先生も小さい頃、吉祥寺でお育ちになったということをうかがったせいでしょうか…。 私が小さい頃は、子どもにも家庭で様々な仕事が割り当てられていました。風呂の水張り、ゴミの焼却、練炭の火おこし、ストーブの給油、鶏の世話(キャベツをきざむなど)…。(小学校低学年頃までの記憶が混ざっていますが、…。)今、覚えていることだけでもこれだけあります。風呂はガスコンロのようなものがあり、栓をひねり、マッチで火をつけるものです。ボオーと凄い音がするので、怖かったことを覚えています。いえいえ、決して、田舎で育ったのではありませんよ。先程も少し触れましたが、私は、4年生まで吉祥寺で育ちましたから。水道道路がまだ砂利道で名店会館や中央線の大踏切があった時代です。昭和45年(1970年)頃の話です。

今日では、風呂の水張りも自動ですよね。スマホで水張りから追い炊きまでを操作することもできるようです。ですから、今の子どもたちは、私たちが子どもの頃にいつの間にか知っていたこと、出来ていたことの経験や知識がありません。灯油の暖房機はまだ使われていますが、そこでもマッチを擦ることはなく、ボタン一つで自動点火になっているでしょう。  すっかり昔話になってしまいましたが、この30~40年ぐらいの間に科学技術はめざましい発展を遂げ、私たちの生活は本当に便利になりました。しかし、こうした便利さ、安全性と引き替えに私たちは、人間として多くの物を失いかけているのかもしれません。

あと、30~40年経つとしたら…。こう考えると…。改めて園長先生がおっしゃったことの重大性に気付かされました。そうした時代を迎える子どもたちに、どのような力をつけさせれば良いのか…。

2020年の学習指導要領改定に伴い、文部科学省から様々な情報が発信されています。「主体的・対話的で深い学び」に関しては、何ら異存ありません。明星学園は、そうした学びの老舗です。「知りたがり」「やりたがり」「話したがり」そして「つながりたがり」。便利すぎて仕組みが見えなくなってきている現在の生活の溝を埋めるいちいちの営みが、現象と本質の見えないつながりをひもとく営みに繋がっていきます。この先50年、100年先を見据えた時に、こうした日々の実践がより大切になってくるように思います。7月30日(日)のシンポジウムにも、お時間ありましたら是非ご参加ください。

※シンポジウムに関しましては、学園HPをご覧ください