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〖ほりしぇん副校長の教育談義〗(21)「学校をもっと開かれた場所に」①-民家泊(その2)

中学校ニュース
*日々感じる中学生の姿、中学校での学びについて考える連載〖ほりしぇん副校長の教育談義〗(毎週土曜日配信)第21話は、前回に引き続き「『学校をもっと開かれた場所に』①-民家泊」(その2)です。

昨年度、中止を余儀なくされた沖縄民家泊ですが、先週お送りしたブログで報告させていただいたように、無事実施することができました。生徒からは楽しかった思い出を聞かせてもらっています。彼らの表情を見るにつけ、どこか成長した印象を感じたのは私だけではなかったようです。
今日のブログでは、そんな民家泊への思いをお伝えできればと思います。

(中学校副校長 堀内雅人)


修学旅行での民家泊の取り組みは、学校と村とで率直に意見交換をしあい、行事を作り上げていく作業でもありました。特に、その後長くお付き合いさせていただいた伊江島の方々とは、我々教員も親戚のようなお付き合いをさせていただいています。PTAバザーでは、島の方に学校まで来ていただいて、沖縄の物産を販売していただくこともありました。
民家泊が軌道に乗り出した2008年、修学旅行の責任者となった私は、しおりの巻頭文として生徒に次のようにメッセージを送りました。

≪沖縄の修学旅行というと、「平和学習」ということがよく言われる。誤解を恐れずに言えば、昔からそのことになにかしら違和感があった。もちろん平和に対してではない。平和であることを本当の意味で希求するとき、たった数時間の事前学習や修学旅行用に設定された体験や見学で「平和」「戦争」といったものを一つの物語としてまとめてしまうことに、ある躊躇があったのだ。とはいえ、何も知らないことは、それ以上にこわいことだ。
初めて私が沖縄の民家を訪れ、村のおじいやおばあ、私と同年代の人たち数人とテーブルを囲み、話に興じたときの熱気は今でも忘れられない。その後も、東村や伊江島の民家に何度かお世話になった。「戦争中のこと」、村の中でも気を遣って話さなければならない「基地問題」、「団塊の世代とその上の世代との価値観のずれ」、「アメリカ人への思い」、「戦後、自分たちのできなかったこと」、「若い世代への期待と連帯」、「村が自立し、活性化するために」。どれもが深い話だった。現実と理想。けして簡単には答えの出ないようなものばかりだった。それでいて、前向きな明るさがあった。
子どもたちには、たとえ平和を求めるためであっても、安易な物語は与えたくない。安易なわかりやすい物語は、何かの拍子に簡単に反転してしまう。それよりも、すぐに答えは見つからなくとも、たとえ違和感しかそのとき感じなかったとしても、深く考えるためのきっかけをつかめるような出会いの場をつくってあげたい。
はかり知れない戦災を経験した伊江島の民家泊で、彼らはどんな時間を過ごすことになるのだろう。わからないことがあったら、素直に聞いてみることだ。知ったかぶりや、分かった気にならず、そこから考え始めればいいのだと思う。

数年前、『深呼吸の必要』という映画を見た。沖縄の広大なサトウキビ畑を舞台に、それぞれの“言いたくない事情”を抱えて集まってきた7人の若者たちの35日間を描いた物語である。彼らは、季節限定の“きびかり隊”としてやって来るわけだが、想像を絶する陽射しと過酷な単純作業に次第に挫折していく。しかし、島のおばあの素朴さや大自然の中での共同作業を通じて、人としてのかけがえのない何かをつかんでいく。
誰もが楽しめるような種類の映画ではない。大がかりな演出も、ドラマチックな音楽も皆無といって等しい。しかし、私にとってそれは不思議な魅力のある映画だった。最近、沖縄の代名詞のように使われる「癒し」や「ロハス」といった流行の言葉とは対極のものを感じた。彼らは沖縄という「他者」と出会うことで、今まで目をそむけてきた自分自身と、今まで逃げてきた現実の問題としだいに向き合おうとし始める。

この学年では、「他者との出会い」ということを言い続けてきた。「授業の中での学び合い」、「奥阿賀民家泊」、学園初の試みとなった「職場体験」。「卒論の取り組み」もその延長線上にある。国語の授業でも、「他者」や「人間関係」を扱った文章を多く取り上げてきた。「他者」と出会い、「自己」を発見する。かんたんなことではない。しかし、その困難さを実感し、素直に認められることこそがもしかしたら大切なのかもしれない。とは言え、避けて通れない悩みを抱えつつも、一人一人、ここまで着実に成長してきた。そしてこの沖縄修学旅行である。今までの学校行事で一番楽しかったといえる行事にしてほしいと思う。与えられるのを待つのではなく、自ら行動し、楽しさを見つけてほしい。きっと今までの経験が生きてくるだろう。

2学期に入ると、9年生として大きな責任のかかる運動会が待っている。中学校の卒業へ向け、各教科で与えられるハードルを越えていかなければならない。卒業制作や発表会もある。全員の論文の載った卒業論文集も完成させる。それらに全力で取り組むことで素晴らしい卒業式になるのだと思う。そのためにもこの修学旅行で学年としての、さらなるまとまりを。また、きれいごとではない互いの絆を深めてほしいと願っている。

ともあれ、沖縄の海は美しい。食文化も独特なものがある。大いに楽しみたい。そのためにも、エチケットやルールを守り、大人としてのふるまいをしよう。自らをコントロールできる者こそが大きな自由を自分のものにすることができる。楽しさと危険とは紙一重である。集団生活である。十分な注意と人に対する配慮を忘れないでほしい。きっとそれは、何倍もの心地よさとなって自分に返ってくるに違いない。≫

巻頭言(『修学旅行のしおり』より)