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〖ほりしぇん副校長の教育談義〗(42)中3「卒業研究」の実践-⑩『プレゼンテーション―「聞く力」と「コメントの力」』

中学校ニュース
〖ほりしぇん副校長の教育談義〗第42話は「卒業研究の実践」の10回目、『プレゼンテーション―「聞く力」と「コメントの力」』。今回もエピソードを交えてお話しします。

(副校長 堀内)



10 プレゼンテーション―「聞く力」と「コメントの力」



中学3年生は、一年間の「卒業研究」の記録を論文としてまとめた後、3学期に「卒業研究発表会」を学内向け・一般(保護者等)向けと2日間にわたり実施します。12の教室に分かれ、全員が一人ずつパワーポイントを使いながらプレゼンを行うわけです。その1週間ほど前にはリハーサルがあります。生徒にとっては、緊張の日々が続きます。

生徒の最大の不安は、しっかり聞いてもらえるかということです。特に一日目の発表では下級生が聴衆です。「どうせ私の発表なんて聞いてくれる人いないよ。」「お客さん来なければいいのに。」「質問は受け付けてほしくない!」不安はどうしてもネガティブな言葉となってあらわれます。その言葉が本心でないことはわかります。最悪の状況を想像し、前もって自己防御しているのでしょう。しかし、そこから良い経験は生まれません。「良い発表をすればしっかり聞いてもらえる」という正論はこのような場合、生徒にはプレッシャーとなるだけです。担当の教員は、彼らに寄り添いながら具体的なアドバイスをしていきます。

一方、聴衆である1・2年生には当日、発表者の人数分のコメントカードが渡されます。小さいカードですが一人一人に感想を書き、発表後本人の手に渡ります。質疑応答の時間では伝えられなかったメッセージが書いてあります。発表を終えた生徒たちは、渡されたカードに目を通した瞬間、明らかに表情が変わります。一生懸命取り組んできた生徒には、それだけ中身の濃いメッセージが返ってきています。「先生、こんなこと書いてくれている!」「話したこともない7年生(中1)が放課後、相談に来てくれた。」良い聞き手は、発表者を成長させてくれます。

そのような傍から見ると何気ないやり取りが、彼らに自信を与えてくれます。「明日たくさん、お客さん来てくれるかなあ。」「伝えたいこと、いっぱいあり過ぎるんだけれど……。」「もっとうまく伝えられる言葉、ないかなあ!」同じ生徒の発言とは思えません。緊張感のある中で生徒は成長していきます。



ある年の「卒研発表会」二日目(保護者一般向け)のことでした。その生徒のテーマは「東日本大震災当時の問題点と今の問題点は何か」。プレゼンの前半で震災直後の流言やデマについて語り、また被災者の仮設住宅について調べたことの発表がありました。後半では実際に福島を訪れた経験が報告されました。一人暮らしをしていて震災に遭い、その当時仮設住宅に住んでいた85歳のおばあちゃん、さらには被災者でありながら支援活動を続ける「ぶらっと」のスタッフさんへのインタビューをふまえ、現在の課題とするべきことについて自分なりの考えを述べて発表を終わりました。

質疑応答の時間です。ある一人の保護者の方が挙手し、発言しました。「たった二人をインタビューしただけで、結論に持っていくのは研究として無理があるのではないでしょうか。」会場に沈黙が流れました。すると次の瞬間、別の保護者の方が手を挙げました。「私は素晴らしい発表だったと思います。実際に現地に行って人と会い、インタビューし、自分の感じたことを自分の言葉で表現する。中学生の卒業研究としては素晴らしかったと思います。」発表した女子生徒はもちろん、一瞬のうちに会場に安堵の空気が流れました。

ここで申し上げたいのは、前者の指摘が不適切で後者の感想が素晴らしいということではありません。二つの異なる意見が出たこととそのバランスのすごさです。前者の意見からは、研究とはどうあるべきかということが示されています。部分のみを取り上げて一般化してしまう危険性の例は、枚挙にいとまがありません。自らの未熟さに無自覚なまま発露される正義感は、悪意のない分、気づかぬうちに逆に大きな傷を他者に与えてしまいます。中学校段階で伝えておきたい大切なことです。でも、この時の保護者の方の言葉だけでは、本意は伝わらなかったでしょう。こんなに一生懸命取り組んできた中学生に対して厳しすぎると受け止められてしまっても、不思議のない状況でした。

それを救ってくれたのが、もう一人の保護者の方でした。多くのお客さんの前で手を挙げ発言するというのは勇気のいることです。でも、このお母さんの一言があったおかげで、発表者の生徒は多くのことを学べたのではないでしょうか。この言葉があったおかげで前者のお母さんの伝えたかったことの大切さについてその生徒と語ることができました。この日の出来事は今でも鮮明に覚えています。教員として、大人としてどんなコメントを言うか。どのような言葉を選ぶか。言葉がどのように相手に伝わっているか感じ取れているか。自己満足のコメントになっていないか。一人の力には限界があります。それをサポートしてくれる同僚の存在、保護者の皆さんの力に救われます。

*次回に続く