『新讀本 巻一』 巻頭言より抜粋
大草美紀(資料整備委員会)
『新讀本 巻一』 巻頭言より抜粋
児童のためにこの読本を選択される父母、教師の方々に。
この読本は教師と父母と児童とが共同して作ったものです。
読本は単なる読み物とは違わねばなりません。単に読んでその内容を知ったり、感じたりすること以外に読む力を増すという要件が備わっていなければなりません。児童が好んで読むから良い読本だともいわれず、文字や語句を系統的に排列したものが良い読本だともいわれません。児童の現在に立って将来を眺めたものでなければなりません。
(中略)
多くの児童読本はまだ児童の発達相にぴったりしていないように思われてなりません。そこで児童と共同して作ったならば彼等自ら適当なものを選んで私たち大人の想いのとどかぬところを補ってくれるだろうと考えたのです。こうして出来たのがこの読本です。
しかしそれも容易な仕事ではありませんでした。まず最初にこれを企てたのは我が学園の照井猪一郎先生でした。児童の読み物として適当しそうなものを全部謄写刷りにして児童に与えて、その中で児童の好んで読み行くものを見つめていかれたのです。次に照井げん先生が、その次に霜田靜志先生、大高義一先生が先に選ばれたものを修正して、また児童の反応状態を見つめて前後3ヵ年、4人の教師と4100人余りの次つぎと入り来る児童によって作られたものです。そのために要した謄写刷りの紙は数万枚に及びます。材料を探したり、作ったりして、これを謄写原稿に書き、いよいよ謄写しているうちに夜を徹したことはどれだけあるか知れません。さらに児童に与えたものは必ず一応は父母の方々にも目を通してもらいました。そしてその感想、忠言も聞きました。中には文字の使い方、文章の構成についてまでも細かい注意を与えて下さった方々もあります。またこれをまとめるについては数次の職員会を開いて山本徳行先生や私も加わっていろいろと推敲もしました。装丁は松岡正雄先生がやって下さいました。
こうしてこの読本は我が学園に関係のあるすべての教師と父母と児童が一緒になって作ったものです。
まだ十分とはいわれませんでしょう。他の教師、他の父母の方々が他の児童に与えて御覧になったら、あるいは多くの欠点を見出されるかも知れません。それはむしろ私たちの期待するところです。私たちの過去3年の研究をひとまずまとめて提出して、広く多方の士の御批判に訴えたらさらに改善の暗示を与えられることだろうと考えまして、こうして世に出して見ることになったのです。児童の教育に興味を持たれる教師、父母の方々がこれを児童に与えてその反応の状態を凝視して忌憚なき御批判を与えられるよう切に御願致します。私たちはそれによって、いよいよこれを完全なものにしたいと思います。
大正15年4月
明星学園にて 赤井米吉
(原文は旧字・旧仮名遣いでしたが、ここでは現代表記に改めました)