「明星の教育」―霜田靜志

大草美紀(資料整備委員会)

明星の教育
霜田靜志
 明星も早10年になったか、思えばまことに感慨無量のものがある。(中略)
 振りかえって考えて見るに、私の6年間の教育は、知識の集積という点に於ては、何としても大きな効果を挙げ得たとは思わない。私は常に単なる知識の集積でないもっと大きな立場からの教養という事に力を注いで来たのである。
 多くの人々は知識の量の多きことのみ欲する。そこで詰込教育が盛に行われる。併しそうした詰込の知識が果して真の知識であろうか。成程試験のためには、そうした知識も役に立つであろう。併し試験を通り過ぎれば忘れてしまっていい知識である。
 お互に自分の学生時代を反省して見れば分かる事で、吾々の頭に後まで残って居る知識は、決して試験勉強のために覚えた知識ではない。必要に応じて求めた知識である。
 此の見地から私は子供に対して、単なる知識の注入は出来るだけ之を避けた。そして彼等をして知識探求の興味と必要とを感ぜしめ、之によって研究せしめたその結果子供等の研究の方法なり態度なりはかなり確かなものになった。
 知識の所有という事にのみ重きを置く人々は何でも覚えて居なければならぬように考えるが、之程馬鹿な話はない。昔は物識りが必要であった。併し百科事典も図書館も完備せる現代に於て、物識りがそんなに必要だとはどうしても考えられない。 大事なのは研究の方法や態度の出来て居る事である。どう調べれば之が分かるかという点にすぐ気がつく事である。
 知識の所有の量の多きを望むよりは、知識を働かす力の方が大事である。即ち大事なのは所有の教育ではなくて創作の教育である。結局私の6年間の努力は、子供の力を創作的に発展せしむる努力であった。
 子供は勉強する時期が来れば勉強する。それを余りに親や教師があせって詰込ばかりすると、子供は却って勉強に対して拒否するようになる。それでは何にもならない。之をマラソン競争に比較して考えて見ると誠によい。始めに余り走らせて疲れさしてしまっては、後の大事な時になって、力が出て来ない。然るに今日の教育者や親達は、最初から走らせるつもりだからかなわない。子供こそいい迷惑である。私はそうした態度を決して採らなかった。それ故に私の教えた子供達は将来に発展する可能性を多分に持って居ると信ずる。
 私は之が明星の教育の本当の精神だと思って、徹頭徹尾押し通して来たのであるが、今日に於ても此の点は同じであろうと思う。否、今後に於ては益々此の精神を発揮して、明星の光を輝かすであろう事を私は確く信ずる。
小学部教育月報『ほしかげ』第7号 1934年(昭和9)5月15日

* 霜田先生は創立2年目の1925年に成城小学校から明星学園に移り、1年生(4回生)を担任され、その学年の成長記録を、のちに『低学年児童の教育』として出版されました。専門は美術教育。

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