「明星の理想 -明星を生活する-」―照井猪一郎
大草美紀(資料整備委員会)
明星の理想 -明星を生活する-
照井猪一郎
個性尊重を基底とし、自主自立と自由平等を2辺とし、人間完成を頂点とする教育の金字塔を打ちたてようと明星がここにいしずえをすえて早くも28年の時が流れた。
人類文化の歴史から眺めるならばたかが28年。それでも人の一生からすればその生涯の半分に当たるともいえる。
生徒や教師の数のふえたことや、うえた庭木の茂ったこと、次第に建てまして来た校舎の次々に腐朽して行く点からすると、現実の世界では決して短い年月とばかりはいえない。それにここにも世界の現代史が巨細となくおりこまれて来た以上なお更のことである。
世界の現代史――それはまことにきわまりない波乱とはかり知れない複雑性をはらんだいくつかの大きな渦巻で、誰でも今日の日を以て明日を考えることのできない正体のしれないものである。
それは人類は今、その歴史に太い線をひいて次の頁を改めようと苦悶を重ねている最中だからであるからであろう。
私たちはこの世界の動きの八ちまたに立って、この後とても自分を失わずに強く正しく明るい歩みをつづけなければならない。
ラジオや新聞は朝に夕に講和の近づくことを報じて国民の意気をかき立て、その後の覚悟を促している。これに私たちは何を期待すればいいのであろう。それはそのまま明星教育の理想そのもの以外ではない。
解放された自由と平等、人類愛に基づく世界の平和。拘束されることのない自主自立の明朗で強固な社会生活の建設。このことなくして正しい講和は望み得ない。
明星教育28年史はすべてこの流れで貫いている。今後もこの主流に大小清濁さまざまな支流が流れこむことは当然であろうが、すべては明星教育の大理想の中に大きく解けこむべきである。
これだけでは単に言葉の作文である。これが少しずつでも日常の国民生活の上に、学生生活の上に実現されなければならない。一歩一歩前進しなければならない。一重一重積み上げられなければ絵にかいた餅同様におわってしまう。
そうさせないためには、国民に生まれた一切の人たちの協力と懸命の努力にまつよりほかはない。すべての幸福は条件としてだけ与えられるもので、これを育て上げるにはうけとった者の責任と努力によらねばならないのだ。
ともかくも世相はどの様に変化しようと明星教育の高く掲げた理想のかわることはない。ただこれを実現する手段や方法や技術が時代時勢を生かすために適切に処理して行けるよう工夫按配されることは当然である。
皆さんの日常の生活もこれ以外による必要も迷いもいらない。(後略)
『黎明』6号1951年(昭和26)6月、『残照』所収
(注)1951年(昭和26)9月、日本は48カ国とサンフランシスコ平和(講和)条約を結んだ。当時、アメリカを中心とする国ぐにとの講和が現実的だとする単独講和論と、ソ連や中国を含めた国々とに講和を求める全面講和論との論争が激しかった。また、平和(講和)条約と同時に日米安全保障条約が結ばれ、アメリカ軍は引きつづき日本に駐留することが決められた。