教育の「今」を考える

教育評論家 法政大学名誉教授 尾木 直樹
 
 明星学園創立100周年、心からお祝い申し上げます。

 治安維持法下の暗黒の時代に自由教育の狼煙を上げたという事実そのものに改めて圧倒される思いです。
 ところで今、人類は大きな転換期に立たされているように思います。
 コロナ禍による自然の脅威と人間のおろかさがもたらした信じがたい戦争禍の今を生きる子どもたちにとって、「今」は何と“生きづらい”時代でしょうか。この息苦しい時代に、教育や学校に一体何が求められているのでしょうか。



世界的パンデミック

 2年前の2020年初めにWHOがパンデミック宣言を発した新型コロナウイルス感染症。すでに世界の約200ヵ国、5億人以上が感染し、死者は何と600万人以上にも上っています(2022年4月中旬時点で)。当初は、暖かくなれば流行は収まるなどという甘い見通しもありましたが、このウイルスは次々と変異を重ね、オミクロン株にいたっては一時、ワクチン未接種の子どもたちを直撃。その後もあの手この手で生き延びようと変異をくり返しています。私たちは、「withコロナ」時代を生き抜くことになりそうです。
 子どもたちは、2020年3月からいきなりの全国一斉の休校措置が3ヵ月近くも続き、その後はプリント攻勢やオンラインでの配信授業など、親世代も経験したことのない学校生活を送りました。毎日の部活もなければ運動会や修学旅行も中止。合唱やリコーダーも禁止。給食は「黙食」。鬼ごっこなど「密」になって遊ぶ機会さえ制限されました。さらに、マスク生活を強いられ、感情面やコミュニケーション能力の発達さえ危ぶまれる事態に見舞われています。
 コロナ禍で心のバランスを崩し、「中等度以上のうつ症状」のある中・高生がそれぞれ24%・30%にも及んだ(国立成育医療研究センター2020年11月~12月「コロナ×こどもアンケート」第4回調査)実態にも納得できます。

いきなり戦争に・・・

 新型コロナの変異種との戦いに苦闘している最中に勃発した、ロシアによるウクライナへの侵攻。すでに2月24日の侵攻から2ヵ月近くが経とうとしています(執筆時)。
 この間にくり返されたロシア軍による無差別で非人道の極みとも言える民間施設・民間人への攻撃の数々。保育園や学校なども標的とされ、多くの子どもたちも犠牲になっているのです。本来ならとても子どもたちには見せられないような過激な動画がTVではニュースを通して流れます。おまけに子どもたちは、さらに残酷で刺激的な映像や不確実な情報を、SNSなどを通じてインターネットやスマホでも何度も目にしている可能性が高いのです。
 彼らの心はどんなに深い悲しみや怒り、不安に満ちていることでしょうか。
 この問題を子どもたちにどう伝え、いかに学び合うべきか──。今、私たちは大人、学校の真価を問われているのかも知れません。何も触れずに通り過ぎようとすれば、子どもたちに大人や社会への不信感を抱かせる危惧もあるでしょう。子どもたちはまさしく「今」を生きていて、戦争は命にかかわる切実な問題なのですから。

今、求められる学校教育、学力とは

 より多くの知識を詰め込み、少しでも短時間にそれらをいかに正確にアウトプットできるのか──そんな認知主義的な学力で鍛えられ、競争原理をテコに生き抜いてきた親世代にとっては、多様化・個別化が進展しつつある現代の教育は、まるで別世界に見えるかもしれません。
 さらに、AIの発展とグローバル化の急速な進展は、IQ的学力を無力化しつつあると言っても過言ではないようです。詰め込みの記憶力やトレーニングにより修得した条件反射的学力などは、どう考えても人間はAIにはかなわないからです。
 私たち大人世代のように、将来なりたい職業を決めたら、その実現に向けてただひたすらに勉強に励み、偏差値を上げ、学歴社会のレールに乗れば、夢を実現し幸せになれた「実社会」など、「今」ではほとんど見当たらないのですから。

 そんなシビアな現代において、今日の学校教育には何が求められているのでしょうか。
 一つは、何のためにどう学び続けるのか、そして、いかに自立するのかという子どもたちの「生きる軸」の育成です。この未曽有のピンチをいかにチャンスに転換させ得るのか、柔軟な発想力やクリティカルシンキング(批判的客観的思考)が問われます。明星学園の小学1年生から始まる、五感を働かせて様々な生き物、現象を見つけていく「みいつけた」、その日の出来事の中で、自分にとって目玉となる出来事を書き綴る「今日の目玉」、その土台を築いてくれているように思います。

 二つ目は、PCやスマホなどのインターネットを中心とした、情報の受・発信のリテラシー力のアップです。数人の親しい仲間とグループメールのやりとりの虜になっているのではなく、グローバルに視野を広げて、的確に学びの受信ができ、心の叫びや意見を自由に世界に発信できるリテラシーです。今や、そんな「地球市民」としての生き方が問われる時代に突入しているのではないでしょうか。AIを活用して、福祉や医療などあらゆる分野で人々の生活を豊かにし、「世界平和」を構築する力が求められているように思います。

 三つ目は、「学びのリテラシー」の獲得です。私は明星学園9年生(中学3年生)の「卒業研究」の作成などに関わらせていただいたことがありますが、体験に基づき、「主体的・対話的で深い学び」に至る伝統的な学びのアプローチは、最高の「学び方の学習」であると感じました。子どもたちが「答えのない問い」に向き合い、リサーチしたり、自らの足で取材に歩いたりする姿は、実に生き生きと学ぶ喜びを全身で体現しているように見えました。さらに、基礎的な計算問題に関しても、その本質にこだわった独自の教材によるアプローチは、どの教科書よりも優れていて子どもたちの心に血肉化していくように思えます。

子どもたちとともに

 明星学園では、先生方が全力で一人ひとりの子どもに向き合っておられます。5年、6年で社会や英語の授業で挿絵の資料として教科書の資料を使うことはありますが、基本的には教科書を使わず学習を進めています。また、通知表も4年生の1学期からは学習の成果を単なる数値(符号)で示す一般的な通知表ではなく、16ページに及ぶ小冊子化したメッセージや記録なのです。全教科の全員の先生方が文章で本人と保護者に具体的にフィードバックしてくださるのです。直前に学校を丸一日休校にして、子どもに向き合い記録する先生方の真摯な姿には感動させられるばかりです。こうした実践の蓄積は、必ずや子どもたちの自己肯定感や知性と理性を豊かに育むことでしょう。
 子どもたちは、これからどのように生き延びればいいのか。見通しがつきませんが、私たちは子どもたちと手を携えて、この苦難をチャンスに転換して生き抜いていくに違いありません。
 子どもたちの無限の力に大いに期待したいと思います。

尾木 直樹

【プロフィール】
1947年滋賀県生まれ。教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」所長。中高の教師として22年間勤め、その後法政大学教授など大学教育に22年間携わる。
子どもと教育に関する問題を中心に調査・研究、講演、評論活動を続けるかたわら、「尾木ママ」の愛称で様々なメディアで活躍中。『いじめ問題をどう克服するか』(岩波新書)など著作は230冊以上。