現役バレエダンサーと母親を両立して気がついた世界

バレエダンサー・ワシントンバレエ団 宮崎たま子(卒業生74回生)




はじめに

 明星学園創立100周年、おめでとうございます。
 私は小学校から高校までを明星学園で過ごした、いわゆるスーパー内部生の卒業生です。今回、創立100周年記念リレーエッセイに参加させていただけるということで、何を書いていこうか悩みましたが、先ずは軽く私の経歴を話していこうと思います。




イタリア留学を経てプロダンサーへ

 私は幼稚園生の頃からバレエを習っており、将来は何となくプロのバレリーナになりたいと思っていました。中学校に上がると、コンクールなども出場するようになり、国際コンクールで優勝をきっかけに海外への留学も視野に入れるようになりました。当時は全く考えてもいなかったことですが、プロのバレエダンサーのキャリアはとても短いです。普通の日本の感覚だと、社会人として仕事を始めるのが大学を卒業した22歳から60歳を過ぎての定年退職が普通だと思いますが、バレエの世界は仕事を始めるのが10代後半からというのが普通で、バレエダンサーは体をかなり酷使するので、30代半ばから40歳前に現役ダンサーを引退するのが一般的です。
 私はコンクールで奨学金をいただいたのをきっかけに、17歳の時にイタリアのミラノ・スカラ座附属のバレエ学校に2年間の留学をしました。高校3年生の途中で留学することになり、私は帰って来てから浪人して足りない単位を取って卒業するのか、卒業できないまま中退をするのか、先生方と話し合いました。私のことを小学生の頃から応援してくれていた当時の明星学園の先生方は全力で高校でも支えてくださり、特別に交換留学生として扱い、イタリアでの経験を日本語とイタリア語のエッセイにまとめて提出することを条件に卒業できました。臨機応変に対応し、全力でサポートしてくださった先生方には本当に感謝しています。さすが、明星学園です。

 ミラノ・スカラ座のバレエ学校を卒業した後は、いろいろな国のバレエ団のオーディションを受けた結果、アメリカのワシントンバレエ団から契約をいただいたので、今はそこでバレエダンサーとして働いています。日本でバレエダンサーとして働くということは私の視野にはありませんでした。日本のバレエ団ではバレエだけを踊っていて生活ができるのはごく一部のダンサーだけで、殆どのダンサーが教えの仕事をしていたり、自分が踊る以外にも仕事をしないと生活できないのが現状です。
 私のいるバレエ団ではトゥシューズやバレエシューズ、本番用のタイツなどはバレエ団から支給されます。トゥシューズは1足1万円前後し、人によっては1日で履き潰すダンサーもいます。日々のスケジュールは朝9時半からウォームアップのクラスが始まり、その後は公演に向けてのリハーサルを午後6時15分までというのが月曜日から金曜日まであります。公演のある週は週の初めに劇場に入り、水曜日から日曜日までが本番というのが普段のスケジュールです。土日は昼と夜の2回公演があります。12月には冬の風物詩のくるみ割り人形が毎年上演され、11月の半ばから12月の終わりまで殆ど毎日上演されます。劇場には子ども連れの家族が毎年たくさん足を運びます。子どもたちが子ども向けのものではなく、本物を見に行く機会がこの様に身近にあります。





海外で活かされた明星学園での経験

 アメリカは日本と比べ、周りの大人が子どもたちにもとても大らかに接してくれます。日本では電車やバスなどで赤ちゃんが泣いている時に、お母さんが気を遣って下車をしないといけなかったり、レストランでも子どもを連れて行けるところは限られていると聞きますが、アメリカでは赤ちゃんが電車やバスで泣いていても周りの大人が一緒にあやしてくれたり、お母さんの立場になって「大丈夫よー」と笑顔で接してくれます。レストランには必ずといっていいほど子ども用のハイチェアーが置いてあります。
 よく聞くのが、日本は幼稚園や保育園までは個性を伸ばす環境にいるのに、一般の小学校からは教え込まれるスタイルになってしまうということ。そんな中、教科書を使わず、予想して理由を考え、お互いの考えを聞き、認め合った上で自分の意見を述べていくスタイルの授業を小さい時から明星学園で経験できた私はラッキーで、さらに私の大好きだった最高の運動会(自分のスタイルを全面に押し出して戦えるという個性万々歳の運動会)などを経験できたからこそ、海外生活にもすんなり対応できたのだと思います。自分が人と違うことを発言しても恥ずかしくない環境、人と違うのが普通というのに慣れると、とても生きやすくなれる気がします。
 人生で一番疲れるのが人間関係。みんなと一緒が正しく、いつも他人への迷惑を考えて気を遣える日本人の心はとっても素敵だと思いますが、自分の心が一番大切ということも考えてみてはどうでしょうか。





子どもらしさを見守って

 私は子どもができてから特に周りの目を気にするようになりました。何故ならば、よく私の母が『子どもは親を見ればよくわかる』と言っていたからです。娘が外で大きな声を出していたり、スーパーで座り込んだり寝転がったりしてると親の責任だと思われているんだろうなと思ったり。
 当時まだ1歳だった娘が、日本からアメリカに帰る飛行機に乗った時に、ご機嫌で大きめな声でお歌を歌っていたら、前の席に座っていたアジア系の人が「赤ちゃんが叫んでいる!注意して!私の席を変えて!」と、フライトアテンダントの方に文句を言っていました。娘はまだ1歳になったばかりで、小さな声で歌おうねと言ってもあまり意味をわかってくれず、私はまだお母さん1年目、可愛い娘が泣いていたわけでも機嫌が悪くて叫んでいたわけでもなく、ただただ好きな歌を歌ってハッピーでいただけなのに、何度も何度もこっちを振り向きながら嫌な顔をされたのがショックで、とっても悲しくなってしまいました。でもフライトアテンダントの方が「子どもはそんなもの、そのうち寝るし、席はほとんど満席だから誰もあなたが席を変えることを望んでいないわよ」と、私たちの味方になってくれました。そうそう、あなたも子どもだったんだし、子どもだからといって全てをロボットの様にコントロールできる訳じゃないとあなたも親になればわかるでしょう、と思えました。公共の場でハッピーに大きな声で歌えるなんて子どもらしいじゃないですか!逆に公共の場で大きな声で嫌々と地べたに座り込み泣き叫んでいても子どもらしいじゃないですか!親は注意すべきことはする、ただ子どもだって一人の人間で意思があるので、全てをコントロールするべきなのでしょうか、そもそもできるのでしょうか?でもきっと時期が来たら人目を気にする様になり、そんなことはしなくなるでしょう。
 人間は嫌でも大人になってしまいます。私も子どもができる前は、外で子どもがご機嫌斜めになり、イヤイヤな子どもらしい行動をしていたりしたら無意識に嫌な視線で見てしまったりしていたと思いますが、今は子育て世代の気持がとってもよくわかります。皆さんも子どもの、子どもらしい行動を優しく見守ってみていただけたら嬉しいです。

 子どもはスポンジ。娘は2歳になり、言葉はまだカタコト。文章は話せませんがどんどん言葉を覚えていきます。私は日本語、夫は英語での会話をしていますが、一度しか使ったことのない言葉を次の日にもちゃんと覚えていたり、ダディーがわからない日本語をちゃんと英語に直して話そうとしている姿に感動して、毎日驚かされます。
 そんなせっかくのスポンジ状態で可能性だらけの子ども時代を押さえつけてはもったいないと思います。あっという間に大人になり凝り固まる前に、子どものうちに自由に本人の可能性を伸ばす。それがどの親も望んでいるのではないでしょうか。自分勝手とマイペースの配分は難しいですが私の人生の課題になっています。








自分らしく生きる、幸せの基盤

  現在、私は夢だったママバレリーナと言う立場にいます。母親になってもバレエを続ける。子どもを産んだバレリーナは踊りが良くなると言われています。私はただ、愛情が増えて演技などが深くなるのかなぁなんて思っていましたがそれだけではない気がします。女性ばかりの世界、配役などでキリキリしているバレエの世界で生きてきましたが、私も母親になって怖くなくなったと言われる様になりました(笑)。単純に大切なものの順位が変わり、配役が思うようにならず悔しくても、家に帰れば一番大切な守るべき宝物があるというのもあると思いますし、全体的に器が大きくなったのかも知れません。もともと完璧主義ですが、もちろん私も一人の人間なので、仕事で疲れている上に子どもが時間通りに行動してくれなかったり、寝かしつけに時間がかかってしまって自分の時間がなくなったりするとイライラします。ただその時々対応し、受け入れざるを得ないので、そんな大らかさも母親になって自然とついたのかもしれません。
 海外では子どもを産んでからもプロとして現役復帰をするバレエダンサーが珍しくありませんが、日本ではまだ少ないように思えます。この様に出産後も現役に戻れる環境にいられて幸せです。

 出産からの復帰は簡単ではありませんでしたが、自分の軸を持って、自分のペースで進んで行くことは明星学園で学んだと思います。
 28年間バレエ漬けで来て、普通の大学生を経験してない私は、人生の中で学生生活といったら明星学園での生活です。母親業は数年経験したばかりでまだ未熟ですが、私の明星での毎日は今の私の基盤になっていて、こうして卒業して15年経った今でも先生方や明星学園と関わりを持てていることは私の人生のかけがえのない一部です。
 私は学校の勉強が好きだったわけでもなく、いつもバレエのお稽古で帰りが遅く寝るのも遅かったので、授業中に眠くなることも多々ありましたが、もう一度この贅沢を分かった上で、しっかりと明星学園の授業を受けたいです!

 在校生の皆様、保護者の皆様。こうして明星学園に関われているということは贅沢なことだと思うので、しっかりと味わってみてください!







宮崎 たま子

【プロフィール】
宮崎たま子 バレエダンサー
5歳よりバレエを始める。
ミラノ・スカラ座に奨学金を得て留学。
ディプロマを取得し卒業、ワシントンバレエ団入団。
YAGP第1位やジャクソン国際バレエコンクール銀賞など他多々受賞。
KDDI AUウェブコマーシャルに出演。
桐朋学園音楽芸術大学の特別講師も努める。

Instagram : sushibabe_littleenergyball