明星で学んだ大切なこと

早稲田大学総長 政治学者 田中愛治(卒業生 37回生)




*本エッセイはご本人および明星会様の了解を得て、「明星会会報」に掲載されたものを、リレーエッセイとして掲載させていただいております。

 私の兄も姉も私も皆、明星学園育ちです。私自身は、1958年4月から1964年3月まで6年間を明星学園小学校で過ごしました。  
 その当時は、学校の行き帰りに井の頭公園に寄って、走り回って楽しむ毎日でした。そんな中で、最も思い出深いのは、雪の降った翌日の朝のことです。小学校4年生の頃だと思いますが、冬の寒い日の朝、井の頭公園に寄ってから学校に行こうと、友だちと公園の池に行くと、池が一面にわたって凍っていて、岸から思い切って氷の上に飛び乗り、氷の上を歩き回っていました。池の真ん中まで行くと、ミシミシとしてきたので、慌てて戻ってきました。無事に岸に上がって、意気揚々と登校しました。  
 ですが、学校に着いて朝礼が始まると、全校生徒の前で先生から「今朝、井の頭公園の池で氷の上で遊んでいた大馬鹿者たちがいる。もし氷が割れたら、君たちは生きては学校に来られなかったんだよ。他の人も、絶対にこのような真似はしないように。」と大目玉をくらいました。怒られてみて、自分は命を落とすところだったのだと、初めて気がつきました。  
 そういう意味では、明星は自由でしたが、同時に、人としてやってはいけないことをちゃんと教えてくれていました。自由な行動をとることは認めてくれますが、「その行動の責任も自分でとることになるのだよ」と教えられた気がしています。


 
小学校6年生の修学旅行で静岡(登呂遺跡・三保の松原)への車中で。

 また、授業もとてもユニークで、理科は5年生と6年生は担任だった遠藤豊先生が教えてくださいましたが、実験もよくやらせてくださいました。また、「電流はどういういう仕組みでプラスからマイナスに流れるのか?」という課題を自分で考えてレポートを書いて、次の週に数名が黒板で発表して、みんなで考えるという授業もありました。常に、「自分の頭で考えてみよう」という姿勢で教えてくださいました。  
 また、社会科はお隣の組の担任だった広川先生がご担当でしたが、歴史も地理も面白く感じました。地理は、中学生が使う帝国書院の地図帳を使って、世界の国々の状況も教えてくださいました。また、歴史では、常に「なぜこういうことが起こったのだろう」と教科書に書いてある答えを暗記するのではなく、やはり自分の頭で考えることを大事にしてくださっていたと思います。  
 このことは、その後の私の人生に非常に大きな影響をもたらしました。私は、大学は早稲田大学で学びましたが、卒業後にすぐにアメリカに留学して10年半も滞在しました。
 日本に帰国後、三つの大学を経て、早稲田大学に戻って、 色々な役職を経て、2018年11月に早稲田の総長に就任しました。就任以来ずっと唱えてきたことが、「たくましい知性」を育むということです。  
 「たくましい知性とは」、人類が直面している問題の多くは、地球の温暖化による気候変動も、新型コロナウイルスによるパンデミックも、ウクライナへのロシア政府軍による侵略と人権侵害など、どれをとっても解決策が教科書には書かれていません。これほど大きな問題ではなくても、人々が実社会で出会うことは答えの定まっていない問題ばかりです。その教科書や参考書に書いていない解決策を自分の頭で考えることを、私は「たくましい知性」と呼んでいます。実は、私が明星学園小学校で「自分の頭で考えてごらん」と教わって、学んだことが、今日の私の教育観を形作っていて、それを私は無意識のうちに早稲田大学の教育の柱に新たに掲げたのでした。   
 今日の私があるのは、明星学園で学んだおかげだとつくづく思います。


田中 愛治

【プロフィール】

田中 愛治(たなか あいじ)

早稲田大学総長 1951年、東京都生まれ。
1975年、早稲田大学政治経済学部卒業。
1985年The Ohio State University大学院政治学研究科博士課程修了、Ph.D. (政治学)取得。
青山学院大学助教授・教授、早稲田大学政治経済学部教授等を経て現職。
早稲田大学で教務部長、理事(教務部門総括)等を経て 2018年から現職。
2006~08年日本選挙学会理事長 。
2014~16 年 International Political Science Association会長。現在、私立大学連 盟会長、全私学連合代表も兼務。