6年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!

本日、第99回卒業証書授受式を挙行いたしました。

6年生各教室の黒板には、担任の先生が描いた「桜」や「風船」の絵とメッセージが添えられ、卒業生を温かく迎えました。

 司会を務めた5年生の2人。この日のために何度も練習をしてきました。その成果を出し切り、見事な進行を見せてくれました。

 

 

【照井校長の話】

 みなさん,卒業おめでとうございます。
 昨日のリハーサルでも緊張を隠せない人たちがいましたが、今日はさらに緊張している人が多いようです。という私も緊張していますが…。笑顔がとても素敵なみなさんなので、ほっぺたをマッサージしてにこやかにいきましょうね。皆さんはまだ新型コロナウイルスによっていろいろな制約がある中、入学してきました。きっと我慢してきたこともたくさんあるのでしょう。
 そして明星学園が100周年を迎えるということで、○○さんにデザインしてもらったロゴが学内で使われるようになったのはつい先日のようです。みなさんの心の中には、私たちが思うよりもっとたくさんの思い出が詰まっているのでしょうね。楽しいことばかりではなく、辛い経験だってあったでしょう。そういったことを乗り越えて、今このひな壇に座っているのだと思います。
 先生はこの3月、高等学校の卒業式、中学校の卒業式に参列してきました。どちらの式でも、小学校を卒業したみんなの先輩が卒業生のことばを話す場面がありました。どちらもとてもいい話を聞くことができたと思っているのですが、特に高校での話が印象に残っているので、その話をさせてくださいね。
 その卒業生の先輩は「これだけは人に負けない、自分が一番」という話をし始めました。何が一番だったかわかりますか。きっとみんなが思っているイメージとは違っていると思いますよ。その先輩は「わたしぐらい高校の体育館にある女子トイレのスリッパを整えた人はいない。これだけは人には負けない。そのことが高校生活での自信になっている。」と言っていました。勉強頑張ったとか、クラブを頑張ったとか、そういうことではないんですね。先生は正直に「すごいなぁ」と思いました。
 何がすごいのか。ひとつは自分がこれなら頑張ることができるというものをみつけ、やってみたこと。がんばったことが勉強でなくても、スポーツでなくてもいいのです。「今、自分は頑張っている。これなら自分が一番。」ということがあれば、これから始まる中学校生活の中で、きっと自信になると思いますし、心が折れそうな時の支えにもなると思います。
 そしてもう一つ。決めたことを途中で諦めず、やり通したこと。どのぐらいの期間続けていたのかはわかりませんが、自分が一番と思えるということは、それだけ長い期間、スリッパを整えていたのでしょうね。
「継続は力なり」とも言いますが、一つのことを続ける粘り強さも、これからの生活を支える力となるでしょう。
 最後にもう一つ。自分の頑張りは、自分のためでもあるし、他者にも影響を与えているということ。乱れているスリッパを見て、自分は気持ちが悪いと思うでしょうし、整えることで、次に来た人は気持ちよく使うことができます。自分の行動が周囲の人たちにとってどのような意味を持つのかを考える必要があるでしょう。周囲の人たちにどんな影響があるのかを考えつつ、何を頑張るのか決めてもらえたらと思います。
 さて,最後に私から明星学園に昔からある言葉を伝えます。
いつも元気でニコニコと思った人もいるかもしれません。
でもその言葉よりもまえからある言葉なのです。それは「強く正しく朗らか」にという言葉です。強くとは喧嘩が強いという意味ではないことはわかりますよね。ましてや戦争に勝つということでもありません。何かをやり遂げる強さ,精神的な強さということです。そして自分にとって他者にとって何が正しいのかを考えてほしいと思います。自分にとっては正しいことと思っていても,他者にとってはそうではないことも多いのです。何が正しいことなのか見極める力も必要です。先ほどの高校の卒業生も、強く正しく生きたから、そんな話ができたのだと思います。
 そして「朗らかに」はまさに私の目の前にいる6年生のみなさんのことです。笑顔がとても素敵なみなさん。この先の人生を明るく生き、自分の道を自分で切り開く中学生になってほしいと思います。卒業、おめでとう。

 

 6年生による「威風堂々」のトーンチャイムの演奏。そして圧巻だったのが、卒業生代表4名による挨拶です。「家族・友達・先生・学校」それぞれへの感謝を自分たちの言葉で綴った思い出話は聴く人の心に深く染み入り、体育館は静かな感動に包まれました。

【卒業生代表のことば】

「卒業」
 1年生の時、ぼくは毎日「早く帰りたいな」とか「いつ学校終わるかな」と思っていました。友だちもいないし、ずっとひまだし・・・。だから僕は学校が好きではありませんでした。
 しかし、その時に、第二グラウンドでサッカーをしている人たちがいました。「たのしそうだな」と思って入ると、それから友達ができ始めました。サッカーにもはまりました。学校でサッカーをやることは減りましたが、今でも続けています。
 2年生くらいからは鬼ごっことかで暇になることが少なくなりました。 高学年になるにつれてやらなきゃいけないことも増えていきましたが、どんどん楽しくなっていきました。
 高学年で一番楽しかったのは、泊りの行事です。千倉や大島、奈良。僕たちのクラスは男子が少ないので大体、大部屋でみんなで大騒ぎしているのが楽しかったです。そういったことも含めて5,6年生の楽しさはとんでもなかったです。小学校は最後なので全力で楽しみました。ぼくは学校が大好きになりました。しかし、それは話しかけてくれる友達がいたり、やっちゃダメなことを先生がちゃんと怒ってくれたり、親がお弁当を作ってくれたおかげなので感謝の気持ちを持ちながら卒業できたらなと思います。中学校も楽しいと思うので全力で楽しみます。

 

「ありがとう」
 家族。ぼくを産んでくれた人。
 1年生の時、僕はよく問題を起こして怒られていました。そんな自分をしかってくれました。その時は、ただ怖いだけでしたが、あとあと、それが「よかった」と思えました。
 3年生の時に明星に転校してきました。その時も家族がぼくに合う学校を見つけてくれました。その通り、ぼくはすぐに明星に慣れていきました。こんないい場所を見つけてくれた家族。ありがとう。
 僕は字を書くことが苦手だ。1,2年生のころ僕は自分で書いた字が全く読めなかった。明星に来てもまだ変な字を書いていて、「だめだな」と思った時もよく教えてくれた大切な家族。
 そして、イット(担任)もぼくにいろいろ教えてくれた。僕に怒ってくれてぼくはここまで成長できた。あそこで逃げていたらどんな自分になっていたかわかりません。きつい時にいつも支えてくれた家族。間違えたことをしたとき、叱ってくれていいときは「いいぞ」って言ってくれたイット。
 ありがとう・・・。

 

「居場所」
 僕は明星に転校する前、周りとはちょっと変わっていた。俗にいう「変わり者」だったのかもしれない。例えばこんな感じだった。あれは2,3年生の時だっただろうか。体育の授業でなわとびが始まった。僕はその時、なわとびが得意で、あやとびや、二重跳びも比較的早めに習得した。はやぶさも何回かするうちにできるようになった。最初は周りに他の人がいて、先生にも褒められた。でも、さらに何回か授業をした後にはいつの間にか人がいなくなっていた。それどころか周りから陰口をたたかれたりもした。ねたまれたのか、自慢しているとでも思われたのか。今でもよくわからないが、こういうことは何度もあった。もはや、そこが僕の居場所でないのは火を見るより明らかで、僕は不登校になり転校を決めた。
 転校先の明星学園小学校は前の学校とは全く違った。クラスのみんなは親切で先生もとてもやさしかった。僕は初めて自分の「居場所」を見つけたとさえ思った。それからたくさんの友達が生まれた。
 僕は明星学園が好きだ。もし僕が明星学園にいなかったら、今のように話が合う友達も先生もいなかった。こんなに充実した学校生活は送れなかっただろう。転向してからの思い出は前よりもはるかに濃く大切なものになった。明星にこう伝えたい。
 本当に、本当にありがとう。

「絆」
 僕は最後の運動会で、絶対にクラスの全員で勝ちたいと思っていました。そのために、みんなに「リレーの練習しよう」と声をかけました。青、白に関わらずみんな来てくれました。反復横跳び、50m走、ランニング、そしてバトンパス。6月の暑い中、水を被りながら練習していました。
 運動会の次の日は野球の大会の日でした。最後の公式戦。自分はキャプテン。下級生の子たちと試合ができるのもこれが最後。もし、雨で運動会が延期になった時、野球か運動会かどちらに行くか決めなければいけません。ずっと迷っていました。運動会の前日、マッツー(担任)には「もしも延期になった場合は、野球の公式戦の方にでる」と伝えました。
 その日のお昼。マッツ~から「運動会は延期になった」と聞きました。
「なんとかできないの・・・?」と心の中で思いました。でもどうにもなりませんでした。そのうち、鼻をすする音が聞こえてきました。泣いている人がいました。クラスみんなが泣いていました。気づくと、ぼくも泣いていました。
「絶対、6年2組全員で絶対に勝とうね!」
と円陣を組みました。いつもはアンカーをやらないような友達がアンカーを代わってくれました。
「絶対、俺も勝つからそうちゃんは大会で優勝してね。」
と声をかけてくれた友達もいました。
 僕は惜しくも準優勝でしたが、運動会では青、白どちらも勝って約束を果たしてくれました。
 僕たちは36人全員で6年2組です。誰か一人が欠けたら6年2組ではなくなってしまいます。運動会には僕がいなかったけれど、みんなは僕のことを忘れずにいてくれました。
 ここで伝えたいことは、普段はバラバラで、けんかをして、こんなに騒がしくても6年2組のこころはつながっているということです。このクラス、そしてこの学年に慣れたことが幸せだなと思っています。6年2組のみんな、6年生のみんな、本当にありがとう。

 

会場には彼らが何時間もかけて制作してきた工作や美術の作品が展示されました。

 

 正門の桜のつぼみも膨らみ始め、いよいよ新しい季節が始まります。卒業生の皆さんの未来がより一層、光り輝くものであることを願っています。

(広報部 冨田)

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