第10回 幼・保・小教育シンポジウム開催!

本日、8月23日(日)にイチョウホールを会場に幼・保・小 教育シンポジウムを開催しました。ご参集いただいた皆さま、ありがとうございました。

今年は、早稲田大学名誉教授の増山均先生をお招きして、『幼児期から学童期の「あそび・遊び」について~子どもの権利保障の視点から~』というテーマでご講演いただきました。

本校にご興味をもってくださっている未就学児の保護者の方や学生の方、在校生保護者の方、学童保育の関係者の方などにお集まりいただき、有意義な時間を過ごすことができました。

増山先生のご講演は、まずデジタル社会の中でスマホ・SNS時代の子どもの危機について触れられ、デジタル社会が及ぼす弊害については、この先を見なければ分からないことだけれど、ジョナサン・ハイト(ニューヨーク大学・社会心理学者)の『不安の世代―スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由』(草思社、2026.1)には『「遊び中心の子ども時代」から「スマホ中心の子ども時代」へと大いなる組み替えがなされたことは、壊滅的な過ちだったのだ』と書かれていることを紹介してくださいました。


「遊び」は根源的かつ総合的な人間形成力を持つものであるとお話しされ、「からだ」「こころ」「社会性」を育て、「集中・没頭」し、「魂の活性化(アニマシオン)の原理(いきいき・うきうき・わくわく・はらはら・どきどき)など生きる力やエンパワメントの根源であるとお話しされました。

その後、1960年代から遊び環境の変化であったり、社会や大人の価値観の変化と遊びの軽視などのお話しをしてくださいました。

本題である「あそび」と「遊び」の違いについては、「あそび」は気晴らしいや子ども自身で選んだ遊びを指し、「遊び」は大人が準備した遊びを指すというように、区別して使っているということを、増山先生ご自身の経験や学童保育の指導員の方の実践などから、具体的にお話ししてくださいました。

子どもの権利条約31条のジェネラルコメント第17号では、「子どもたちには、おとなによって決定・管理されない時間といかなる要求も受け入れない時間―子どもが望むのであれば基本的には『何もしない』時間をもつ権利がある」と書かれていることを紹介されました。

最後に、子ども期保障のための6つの権利と6つの育ということで、①生存権(療育)②生活権(養育)③学習権(教育)④余暇・遊び・文化権(遊育)⑤更生権(甦育)⑥自治・参加権(治育)があり、日本の教育・保育・子育ての弱点は、「遊育」「甦育」「治育」ではないか、というお話しもしてくださいました。

おとなが、「のんびりしててもいいんだよ」「失敗しても、つまずいても、やり直すことができるんだよ」「自分で決めてやってもいいんだよ」という姿勢で子どもたちに接することが大切なのだということを、改めて学ぶことができました。

「子育て」は、「子どもたちで育ちあう」ということと「子どもによって大人が育ててもらう」ということがあるんだ、というお話しも心に染みました。

参加者の皆さまも、たくさんの感想をアンケートに書いてくださいました。

引き続き、子どもたちの「あそび・遊び」について考えていけたらと思っております。

本日、ご講演してくださった増山均先生、ご参集いただきました皆さまに深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

(副校長 伊野)

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